ここはバラム・ガーデンのスコールの自室。
彼は昨日、任務から帰ってきたばかり。
今日は、まだ途中の報告書を完成させれば、あとは自由に過ごせる。
報告書作成の前に、昨日の帰りの列車の中で、乗車客を相手に行ったカードゲーム「トリプルトライアド」で勝利して得たカードをスコールは整理していた。
その間、ベッドで本を読んでいたリノアが、ふいに顔を上げた。
「わたしもカード、やってみようかな〜?」
少し驚いた表情でスコールは顔を上げた。
しかし、リノアは見逃さなかった。
彼の瞳の奥が、いつになく輝いていることを。
* * *
「.......で、プラスにするには、こことここの足した数が同じになればいい.........」
リノアは「うんうん」と、真剣な表情でスコールの話を聞いている。
(スコール.......一生懸命説明してる。なんか、かわいい)
彼に見つからないよう、くすりと笑う。
「他にも、エレメンタルやウォールセイムというルールがあるが、バラムには伝わってないから、また今度教える」
「うん!」
「とりあえず、覚えるべきルールはこんなところだ。わかったか?」
「うん!スコールの説明、わかりやすい」
お礼とばかりに、リノアは少し背伸びして、スコールの頬に軽く口付けた。スコールはその柔らかな彼女の唇にくすぐったさを感じた。
「俺が使っていないカードやるよ」
そう言って、リノアにカードの束を差し出した。
「えっ?こんなにたくさん、いいの?」
20枚ほど差し出されたカードの束に、リノアは上目遣いで彼をみつめる。
「いいんだ。割と使えるカードもあるから、初心者にはいいだろう」
「やったー!スコール、大好き!」
リノアはスコールに抱きついた。
「お、おい!」
突然のきつい抱擁に、スコールは多少たじろぐ。
しかし、このままやられっぱなしも納得いかない。
リノアの前髪を掻き分け、彼女の白い額にキスを落とした。
身体を離し、スコールは言い聞かせるように言った。
「今から、部屋で少し仕事をする」
「昼までには終わらせるから、それまで待ってくれないか?」
近くでこう語られると、彼の吐息が伝わってきて、リノアはどきっとした。
「うん!」
リノアはもう一度スコールをぎゅっと抱きしめた。
「それなら、わたし、さっそくカードやってみるよ!」
ぴょんと後ろに跳ねるように、スコールから身体を離してリノアは言った。
「じゃあ、お昼頃ここにまた来るね!」
リノアはそう言って、部屋から出て行った。
* * *
スコールは自室の机で、端末に向かい、報告書を作成していた。ふと時間が気になって、顔を上げて、時計を見る。
(.........昼まで、まだ時間あるな..............)
(.........リノア、カードうまくいってるかな)
嬉しそうにカードを受け取った彼女の姿が目に浮かんだ。
ここに戻ってきたら、カードの対戦がどうであったか、きっと楽しそうに報告するだろう。
それを想像しただけで、わずかに口元がゆるむ。
が、それも束の間。
「シュッ」という自動ドアの開く音で中断された。
(..........?)
(リノア、戻ってきたのか?)
まだ戻るには早いが.....と心の中で思った。立ち上がったときには、リノアは既にスコールのいる部屋にいた。
「すこーるぅ.......」
泣き声とも呻き声ともとれる彼女の声。
リノアの表情は今にも泣き出しそうだった。
(なんか嫌な予感がするけど.........)
「とにかく事情を聞こう」と、スコールは彼女のところに寄って、小さな子どもを宥めるかのように肩に手を置いた。
* * *
「........つまり、この短時間に、渡したカードのほとんどが取られ、取り返そうにも残り4枚になってしまって、カードゲーム自体出来なくなった、こういうことだな?」
リノアは、口を尖らせながら、こくんと頷く。
スコールは内心溜息をついた。
2人は横並びにベッドに座っている。
ひと通り、彼女から事情を聞いたところだ。
リノアは依然落ち込んだままである。
「カードなんて、まだいくらでもあげるから」とスコールが宥めると、リノアは頬を膨らませたまま首を横に振った。
「だって.......あれ、スコールからもらったカードだもん」
口を尖らせながらリノアは続けた。
「スコールからもらったものは、全部、大切だもん.........」
リノアは足をぶらぶら揺らし、俯いた。
その言葉に、スコールはなんともいえない気持ちになった。
端的な言葉で言えば、「ぐっときた」のである。
「......に負けたんだ?」
「ん?」
俯いて何かを尋ねたスコールに、リノアは聞き返した。
「誰に負けたんだ?」
先ほどよりも強い口調でリノアに尋ねる。
リノアは人差し指を唇に当て、天井を仰ぎ見ながら、これまでの行動を思い出す。
「えーっとねえ、よく2階にいて、勉強はりきってる男子生徒でしょ......」
「それと、トュリープFC会員No.01の人と、その友人.........」
「あと、3階でよくシド学園長を待ち伏せしてる人......」
「それから......いつも走り回ってる元気な男の子!」
(走り回ってる子......?......年少クラスの子じゃないか......)
「それと図書室の前のベンチによく座ってるインテリな感じの人.......それとニーダ!」
「.......えっと他には........」
リノアは次々と相手を連ねる。
それを黙って聴きながら、スコールは額に手を当て溜息をついた。
(よく、この短い時間で負けたもんだな)
スコールは、ある意味で感心した。
リノアは後先考えず、直感で動くタイプだから、カードゲームのような緻密な戦略が必要なものは、おそらく向いていないのだろう。
それに彼女の社交性が相まって、誰とも構わずカード勝負する。そして、その結果が今の惨状だ。
「あとねー、ゼルともやったんだよー。って、スコール聞いてる?」
「ああ.........」
スコールは返事をして、ベッドから立ち上がった。
予期しない彼の行動に、リノアは首を傾げる。
「リノアはここで待ってろ」
「え?」
「俺がカードを取り返してくる」
スコールはカードの入ったケースを手に取った。
「ちょっと......スコール」
そう呼びかけたときにはもう遅い。
スコールは、ドアから出て行く前に振り向きざまに言った。
「リノアの仇は、俺が打つ」
そして、彼は消えていった。
* * *
それから、彼がどうしたのか、語らずとも明白である。
こうしてバラム・ガーデンのカードプレイヤーにとって「恐怖の1日」がはじまった。
その日、ガーデン3階のブリッジにいたニーダの元に、その影が忍び寄るまでには、そう時間はかからなかった。
ブリッジに続く、リフトが上昇する音に、ニーダは振り返った。
「よお、スコール。そういえばさ、さっきリノアが.........って(今日のこいつ、なんか怖っ!!)」
スコールからは、異様なオーラが発せられていた(ようにニーダには見えた)。
そこにはカードの狂気にまみれたスコールの姿があったのだ。
(ごくり)
ニーダは自分が唾を飲み込む音が聞こえた。
その後、彼がどうなったのか、語るまでもない。
ちなみに、スコールが昨日任務から帰ってくるまでに、バラムのトレードルールが「ワン」から「ディフ」に変わってたらしい。スコールも、ニーダと対戦したときに知ったわけだが。そうなると、リノアが短時間でほとんどのカードを取り上げられてしまったことに説明がつく。
*「ディフ」は勝負に勝った方が、相手のカードと自分のカードの枚数差分、カードがもらえる
その後、スコールはモンスターを狩るかのごとく、次々に、彼がリストアップしたカードプレイヤーの元へ向かうのであった。
* * *
(.......スコール、いつ戻ってくるんだろう)
彼に「ここで待ってろ」と言われたとおり、リノアは彼の部屋にいた。
外の様子はわからないが、なんだか、事態は自分が想像するより大きくなっている気がする。
読みかけていた本をベッドに置き、時計を見る。
そのとき、ドアの開く音がした。
(あ、帰ってきた)
リノアはベッドから降り、ずっと待っていた人物に飛びついた。
「おかえり!」
「ただいま」
スコールは、いいつけを守った子どもを誉めるようにリノアの髪を撫でた。
「思いの外、時間かかった.......」
「?」
リノアは身体を離し、スコールを見上げた。
「これ.........」
そう言って、スコールはカードの束をリノアに差し出した。
「あっ!........取られちゃったカード、取り返してくれたんだ.........」
リノアは嬉しそうに、スコールがカードの束を握る手に、掌を重ねる。
この笑顔が見れただけでも、みんなに勝負を挑んだ甲斐があったとスコールは思った。
「...........ん?なんか、最初もらった分より、カードの枚数増えてる気がするけど..........」
「...........まあ、気にするな。それより、昼食をとろう」
「うん!」
リノアはスコールの腕に自分の腕を絡めた。
「ありがとう、スコール。今度はもっと大事に使うね」
その後、スコールとリノアが食堂に着くと、どよめきが起こった。もっとも、悲鳴にも似たものであったが。
その場にいたカードを嗜む者は皆、一斉に逃げて行った。
「?」
リノアはいつもと違う様子に、違和感を覚えたが、任務明け久しぶりのスコールとの食事を楽しむことにした。
* * *
数日後............
ガーデンの通路で、たまたまニーダを見かけたリノアは、ばたばたと彼に駆け寄った。
「あ、ニーダ!ねっ、カード勝負しよ!あのあとスコールに教えてもらったからね、前よりも相手になるはず!」
「いや..........ごめん!遠慮しとくよ」
「?」
・・・・・
「ゼルー!カードしよ!」
リノアにそう話しかけられるや否や、ゼルの顔は引きつった。
「わ、わりぃ.........用事思い出しちまった!用事!また今度なー!」
(む〜〜〜!)
さっきからずっとこの調子。誰もカードの相手をしてくれない。みんな、そそくさと逃げていった。
* * *
「そんなわけで、みんな、ぜーんぜん勝負してくれなかったの」
リノアは、頬を膨れたままスコールに言った。
彼の自室で、ベッドに座り、足をぶらぶら揺らしていた。
「..........そうか」
スコールは黙って彼女の話を聞き、短く応えた。
彼女なりにはりきって覚えたカードの対戦相手が現れない限り、その機嫌は直らないのであろう。
しばし何か考えた後、スコールは口を開いた。
「なあ、リノア。俺がカードの相手をしようか?」
「え?いいの?!」
リノアの表情が、ぱあっと明るくなる。
「うーん、でも、スコール、強いからなあ」
リノアは考える仕草を見せた。
「.........また、カード全部取られちゃうかも」
「先のことは気にするな。ってか、それ、元々は全部俺のカードだったからな」
この状況が、リノアは可笑しく感じた。
「ふふっ。勝負しても、スコールにとって、なんの得にもならないじゃない?」
「まあ、そうだな」
このままだと、リノアはあまり乗り気ではないらしい。いくら彼と勝負したところで、スコールに得はなく、それでは彼に申し訳ないと感じるからだ。
しばらくの沈黙の後、スコールは言った。
「じゃあ、俺が勝ったら、カードじゃないものを貰っていいか?」
予想外の言葉に、リノアは首を傾げる。
「え?」
そして、次に彼から発せられる言葉に、彼女は耳まで赤くなるのであった。
「俺が勝ったら........カードじゃなくて、リノアをもらう」
(1番ほしいカードは「リノア」なんだ)
* * *
「.......じゃ、約束どおり........」
「.......えっ、ちょっ.....ちょっと待って.........あ......」
気づいたときにはもう遅い。
明かりが消され、深い深い口付けと共に、リノアの意識も闇の中へと紛れ込んでいった。
(おわり?)