「これは……………」
ワッツとゾーンが運んできた木箱の中身は、ガルバディア産のハーブではなく、《ガルバディアの軍服》であった。
それから、しばらく経って、手紙の差出人『エレナ・コーラル』とい名乗る女性の情報が報告された。
「既に『エレナ・コーラル』と呼ばれる人間は、存在していません。4年前にティンバー国立病院で病死が確認されています」
死人から手紙が届くというバカな話があるものか。
「それと、この住所の連絡先がつかめました。電話でおつなぎすることも可能のようです」
何だって?死人につながる電話?
「おつなぎしますか?」
「………ああ、頼む」
兵士は慎重に通信機のダイヤルを回した。そして、スコールに受話器を渡した。
RRRRRRRR.......
ベルの音が2回、3回と鳴った。
そして、プツとそのベル音が切れると、電話に応えた意外な人物にスコールは眉根を寄せた。
『………ここにかかってくるということは、どうやら受け取ったようだな』
「………はい」
その声の主は、ティンバー軍トップであるラウル総督であった。
「正式に指令を下す。受け取ったもので身を纏って、デリングシティに潜入しろ。そして、ジョセフ・ロバートを捕えるんだ。彼がクーデターの発起人だ」
ジョセフ・ロバートは、ガルバディアの有力代議士である。
クーデター派ではなく、現政府側の人間であると情報では入ってきているが・・・・・・。
表では現政府側についていて、裏でクーデターを起こしていたというのか。
「了解しました……」
「表でちまちまと戦っていても埒があかない。敵の懐に入り込み、一気に叩き潰すのだ。ティンバー国内、殊に、ティンバー大統領府が、怪しい動きを見せている。このクーデターには、ティンバー大統領が一枚かんでいる可能性もある。そこを炙り出したい」
「はい・・・・・・」
要するに、このラウル総督は、現ティンバー大統領のハワードを、その座から引きずり下ろしたいのだ。
時期、大統領選が迫る前に。
クーデターの首謀者とされるジョセフ・ロバートを捕え、証人にしたいのだろう。
理由はともあれ、どんな上の命令にも従う。これが軍人の常である。
『他に何か聞きたいことはあるかね』
「エレナ・コーラルという人物は一体……」
『今は亡き私の妻の旧姓だ。ガルバディア産のハーブが好きだったことは本当だ』
「そうですか………」
「………あの運送業の2人の処遇はいかがなさいますか?」
『あの二人?ああ、軍服を運ばせた奴らのことか。諜報部に頼んで、一番金に困っていて、まぬけそうな奴らを捜してもらったのだよ』
『そいつらの処遇は、任せる。まあ、箱の中身をもし知っているならば……厳正に対処しなければならない』
「了解しました………」
そこで、電話は切られた。
要するに、ワッツとゾーンはティンバー軍にいいように使われたというわけだ。
金に困って、お人好しで、かつまぬけそうな奴に手紙を差し出す。
金に困っているから喜んで二人はガルバディアに向かう。
そこで、軍服を積ませて、ティンバーに持ってこさせる。
鉄道が爆破され、困っているところを何者かがレンタカーを借りてオーベール湖経由でティンバーに戻れば良いと提案する。
お人好しだからその何者かの言葉を信じ、喜んで二人はレンタカーを借りる。
オーベール湖東の森には、スコールが率いる16部隊が警備に当たっている。
まぬけそうな二人はすぐにティンバー軍に捕まる。
そして、予定通り届け物を一寸の狂いも無くスコールたちのところへ持ってきた。
(さて、あの二人………どうするか………)
幸いにもワッツとゾーンは箱の中身が何であるか知らない。知っているならば、ラウル総督の言うように、ただで帰す訳にはいかなかった。
「………全員、集合させてくれ。指令が下りた」
「はい!」
スコールが電話する様子を心配そうに伺っていた兵士は、敬礼とともに返事をした。
すぐに、全員が司令室に集められた。
全員緊張した面持ちでスコールの口から発される言葉を待つ。
「これから、デリングシティへ潜り込む。ターゲットは…………」
「ジョセフ・ロバート」
以外な大物政治家の名前に、一同は身体が固まった。
* * *
正式に指令が下ったあと、キャンプ地は慌ただしく準備に追われた。
そんな中、ワッツとゾーンは木にくくり付けられたままあぐらをかいて座らされていた。目の前を幾人ものティンバー兵がばたばたと行ったり来たりしていた。
「なーんかあったんスかね?」
「いや、俺にもよくわからねえ」
この二人は以前、自分たちが何を運んできたのか知らない。
ティンバー軍にいいように使われていたのだから、知らない方がいいのかもしれない。
「なあ、俺たちこれからどうなるんだ?」
「どうなるッスかね?」
「……ティンバーへ強制送還だ。荷台に入っていた物は没収」
どこからともなくスコールが二人の傍らに現れた。
「「ええええ~~!!」」
「ぼ、ぼ、没収って!!」
「通常の報酬の2倍は?!」
「ナシだ」
「「そんなあー!」」
「命が助かっただけ、運が良かったと思え」
(余計なものを見なかったから、助かったんだ)
「嘘だろぉ……」
ゾーンはがっくりと頭を項垂れた。
「………まだ、デリングシティには俺たちの列車が残ってるッス」
「そうだよな!ティンバーに戻されたら、またそれを取り返しにデリングシティに向かわないといけないんだよな!あー、ちくしょー!金も手に入らないし、デリングシティに行くまでにまた金がかかるし………」
「………な、スコール。あんたたち、これからデリングシティに向かうんだろ?」
「…………………」
ゾーンとワッツは、こういうときだけ妙に勘が鋭い。
「俺たちをデリングシティまで連れて行ってくれよ。早くしないと、俺たちの列車が、廃棄車両と間違えられてスプラッタにされちまう」
「…………………」
「頼むよ!この通り!あの列車は俺たちの思い出の場所なんだよ!」
「思い出の場所ってのは、本当ッス!ゾーンなんか、『姫様がスコールと喧嘩していつ戻ってきてもいいように』って、姫様の部屋をそっくりそのまま残してるぐらいッスから………」
へへ、とゾーンは照れ隠しのつもりか、頭を掻いた。
ワッツの言葉にスコールは少し胸が痛んだ。
今は、喧嘩をするとか、言い合いをするとか、そういう関係ではない。
でも、きっとこの二人には、自分とリノアが8年前と変わっていないと思っているのだ。
「…………分かった。ただし条件がある。俺たちをデリングシティ市街地まで乗せていけ。あのレンタカーでな」
その言葉を聞いて、ゾーンとワッツの顔は明るくなった。
* * *
「おい、もっとスピードは出せないのか?」
レンタカーの後部座席から不機嫌な声が響く。
荒野の中、エンジンは熱く唸っていた。
キャンプ地を出発したのは昨日の夜。
それからワッツとゾーンに交替で運転させ、日付はとっくに過ぎ、数時間が経過し、東の空がうっすらと紫色に染まっていた。
ワッツは運転席でハンドルを握り、ゾーンは助手席に座っている。
スコールは後部座席に座り、運転手がうつろうつろと居眠りをしないか見張っている。危なくなった場合は、ゾーンに運転を代わらせるのだ。
荷台は、簡易シートが折り畳まれる形で車の内壁に埋め込まれており、ここを開いて6人の兵士が今は座っている。ワッツとゾーン以外は全員、ラウル総督から受け取ったガルバディア兵の服に身を包んでいる。
ティンバー軍の装甲車でデリングシティに近づくと怪しまれるので、一般のレンタカーにスコールたちは乗り込み、ターゲットを討つという予定である。
残りの兵士たちは援軍として、後から別ルートでデリングシティに乗り込む計画である。
「今日中にデリングシティへ向かうなんて無理な話っスよ」
ワッツはハンドルを握りながら泣きそうな声で言った。
「そんなことはない。死ぬ気でやればなんとかなるだろ?」
「そんな根性論を持ち出されても………」
ゾーンが呟く。
そこへ、すっとガンブレードの刃が夜の月明かりに照らされて光った。
「ここで下ろして、ティンバーへ帰ってもいいからな?歩いて」
「「ひっ」」
「分かったっス!もう少しスピードを上げるッス。ああ~、少しでも集中力が切れたら大事故っスよ!」
かなりスピードを出してレンタカーは走っている。
集中力を切らして、少しでもハンドルミスをしたら、大惨事を招きかねない。
休みたい、寝たい、せめてもう少しスピードを落としたい。
しかし、後部座席の若い男がそうはさせてくれないのだ。
(リノアの奴、こんな男の何処がいいんだ?)
(やっぱり初めて会った時と変わっていないっス)
「何か異論でも?」
二人の心のつぶやきを感じ取ったのか、スコールは澄ました顔で尋ねた。
「「なんでもないです!!」」
(ちぇ、元々は俺たちがクライアントだったのに……)
(元SeeDは、人使いが荒いっス)
途中、モンスターに追われたり、砂に揉まれながら、やっとの思いでレンタカーはデリングシティに到着した。
* * *
やっとの思いで、レンタカーはデリングシティに着いた。
時刻は、ちょうど昨夜キャンプ地を出発した時間と同じ頃。
丸一日に二人は交代で、荒れ果てたガルバディア大平原を全スピードで駆けていたことになる。
ワッツとゾーンはほっとしていた。
((………これで解放される………))
視界の先にはレンタカーショップの看板が見える。
レンタカーショップというものは、どの地域であっても、たいてい街のはずれにある。
その明かりが、まるで理想郷の灯のように見えた。
ほっとした気持ちで、その優しく光るネオンに引き込まれていく。
「まだだ…………」
しかし、その幸福も束の間、冷たく低い声で一気に現実に引き戻された。
「デリングシティ中心街まで送っていくんだ」
「「………………」」
◇ ◇ ◇
「こりゃ、ひでえ……」
スコール達が乗ったレンタカーはテリングシティ中心街を静かに廻っていた。
凱旋門前の大通りは、かつて美しい並木道であったはずなのに、今は銃弾や火器の使用の跡が見られた。
道の傍らには引っくり返って丸焦げになった自動車、道路に散らばるガラスやコンクリートの破片。
見るも無惨な姿がそこにあった。
ところでころで、ドラム缶に火を焚き、暖を取る数人の男の集まりが見られる。
彼らはホームレスか、それともクーデター派の残党か……いずれにせよ区別はつかない。
怪しまれないよう、何気ない顔をして、レンタカーを走らせる。
スコールはいくつか指示を出して、車を特に人目に触れられない裏通りに行かせた。
この地域は、街の中心街部凱旋門から見て、「役人地区」の裏になる所だ。
「ここで下ろしてくれ」
いきなりそのようなことを言うから、ワッツとゾーンは頭に「?」を浮かべ、後部座席に座るスコールに振り返った。
「……あとはあんたたちがレンタカーを返しに行けばいいから」
「お、おう…」
いきなりで戸惑いながらも、ハンドルを握るゾーンは返事をするしかなかった。
キャンプ地で出発する前に、スコールはティンバーの勲章が並ぶ軍服からガルバディア兵の軍服に着替えていた。
ワッツがブレーキを掛けて車を止めると、スコールは後部座席から外へ降りた。
「当然だが、このことは他言無用で」
スコールが車両のドアを開けて、地面に飛び降りた。
雨が降った後なのか、舗装が施されていない裏通りの水溜まりが月夜に照らされていた。
何処かで犬の遠吠えが聞こえる。
スコールは、荷台のドアの前に周り、ノックをした。
すると、中から彼と同じようにガルバディア兵の軍服に身を包んだ兵士が出てきた。
テリングシティにガルバディア兵……彼らは完全にこの街に溶け込んでいた。
「じゃあな」
スコールはそれだけ言った。
「お、おう」
突然の離別に、ゾーンとワッツは戸惑いながらも、黙って彼らを見送ることにした。
7人の偽ガルバディア兵は、夜のテリングシティへと消えていった。