バラム・ガーデンの学園長室。
森のフクロウの活動任務にあたっていたスコール班は無事にガーデンに帰還した。
リノアも一緒に。
スコールが報告を済ませると、シドは手を後ろに組んで頷いた。
「お疲れ様でした。君たちが高速艇でバラムに向かっている間に、ガルバディアが停戦を表明しました。このニュースは瞬く間に世界中に広がるでしょう」
そう言って、シドはSeeD一人一人の顔に目を遣った。
どの子どもたちも、精悍な顔つきをしている。
その表情から、ここまでの道のりが険しいものであったことを窺わせた。
そして、シドはスコールの背中の後ろーーー彼に守られるように佇むリノアに視線を向ける。
「リノア、戻ってきたのですね」
スコールの肩口から覗くように言った。
スコールは道を開けるように身体をずらした。
「はい」
リノアは不安そうな顔を浮かべながら静かに答えた。
彼女の決断を受け止めるように、シドはにっこりと微笑んだ。それを見て、リノアの表情も柔らかくなった。
「報告はもういいでしょう。みんな、ゆっくり休んでください」
そこまで言われてはじめてSeeDたちは姿勢を崩し、振り返ってエレベーターの方へ向かった。
しかし、スコールだけはその場に残った。
「・・・・・・学園長。話したいことがあるのですが・・・・・・」
スコールは恐る恐るシドの顔を見る。
シドはそんなスコールの言葉を待ち構えていたように口元に笑みを浮かべて彼を見ていた。
* * *
「・・・・・・バラム・ガーデンが魔女リノアを保護・監視する・・・・・・ですか・・・・・・」
スコールはシドの表情を真剣に窺っていた。
もしもシドに反対されてしまったら、それまでだ。
そうなったら、本当に・・・・・・どうしよう?
「すみません。学園長。先走って、カーウェイ総帥にそう言ってしまいました」
スコールがあまりにも思い詰めた表情をしているので、シドは彼を安心させたくて微笑んでみせた。
「いえ、大丈夫ですよ。私も同じことを考えていましたから」
その言葉に、スコールは内心ほっとした。本当に、こんなに胸が締め付けが軽くなるのは久しぶりだ。
シドはしばらく何かを考えるように黙った。
リノアがスコールと共にガーデンに帰るか、カーウェイによってガルバディアに連れ戻されるか、どちらになるか、シドには正直わからなかった。どちらになっても仕方のないことだし、魔女リノアが封印、監視されるよりはずっといいとシドは考えていた。
リノアを取り巻く悪巧みから、彼女を守るためならあらゆる可能性を考えてシュウとニーダをカーウェイに派遣したし、スコール達を森のフクロウに派遣し、リノアをティンバーに行かせた。
カーウェイとスコール達が衝突することは予想できたが、そこでスコールが折れてしまえばそれまでだと思っていた。スコールには申し訳ないが、先代の魔女の騎士として、彼の覚悟と実力を見たかったというのはある。
そして、彼はリノアを連れて帰った。
そこでシドの、バラムガーデンの学園長としての身の振りも固まった。
「リノアを・・・・・・守りたいんですね」
眼鏡越しに覗くシドの瞳は優しいようで、非常に鋭いものにスコールは思えた。
「はい」
その眼差しを一旦に受け、スコールは頷いた。
スコールの答えに、シドはふっと微笑んだ。
「わかりました。・・・・・・ここからは、大人に任せてください。その代わりと言ってはなんですが、今から私がする話を承諾してくれますか?スコール」
その言葉にスコールはシドを見ながら首を傾げた。
シドは構うことなく話し出した。
「ガーデンは今、危機的な状況を迎えています」
シドは後ろ手を組み、床に目を伏せて言った。
魔女大戦時、ガルバディアからの報復ミサイルを避けるべくガーデンは動き出した。このガーデンの収益の多くを占めるSeeDの派遣もストップしていた。そして何よりもガーデンの生徒の数がかなり減ってしまった。ガルバディア・ガーデンとの交戦時に犠牲になってしまった生徒、負傷してガーデンを去った生徒さまざまだ。
シド学園長はそれを感じさせずガーデンを運営してきたのだが、危機的状況であることはスコールにも理解できた。
「今後、君には引き続きガーデンのリーダーになってもらいたいのです。今いるSeeD達をまとめてください。そして、彼らと協力して、これまでの戦いの経験をガーデンの運営や教育方針に活かすようにしてほしいのです」
スコールは黙ったままだった。
シドはそれを予想していたかのように笑みを浮かべていた。
「それに私は戦いのプロではありませんからね。君たちの方が思うところは多いじゃないでしょうか」
スコールは考えた。
思うところは・・・・・・多少、ある。
ガルバディア・ガーデンとの交戦時には、ガルバディア兵のガーデン内への侵入をあっさり許してしまった。一般生徒はともかく、細かく指示されないと動けないSeeD候補生さえいた。それを踏まえ、現在のガーデンのカリキュラムや指導内容を変えていければ・・・・・・
「もちろんガーデンの最高責任者は引き続き私です。有事の際、つまり何かガーデンに起こった時……リノアに何か起こった時も君が指揮をとります」
スコールはもう一度考えた。
魔女リノアの保護をガーデンが引き受ける。こんな無茶なお願いをしているわけだから、これくらいの役割を担わされるのは想定内と言えばそうだ。
これからリノアをガーデンで受け入れるにあたって必要なことはなんだ?
ガーデンが安全な場所であることだ。
ガーデンは魔女を倒すSeeDを育てる庭園ではなくなる。ガーデンは魔女を守る庭園となる。その場所を守ることが自分の役割でもあるということか。
『庭園で眠る使者』
なぜかどこかで見た絵画の題が思い浮かんだ。
「わかりました。引き受けます」
シドは笑みを浮かべて彼を見つめた。初めから彼の答えを知っているかのように。
「スコール・・・・・・ガーデンを・・・・・・リノアを頼みますよ」
「了解」
* * *
そして、リノアとSeeD達がバラムガーデンに戻り、2ヶ月が過ぎた頃。
ガーデン3階に設けられた会議室のドアが開かれるのを、スコール達SeeDは、今か今かと待っていた。この会議の議論の対象であるリノアは、イデアと一緒に学園長室で待っていた。
大戦後の魔女リノアの処遇を決定する会議ーーー後に『第一回魔女会議』は、ここバラム・ガーデンで行われた。
エスタ、ガルバディア、トラビア、ドール、バラムーーー各国の代表がここに集った。
固く閉ざされたドアの中は、各国の代表とシド学園長のみ入ることができる。
魔女大戦で戦ったスコールを含むSeeD達でさえ、入室を認められないし、議論に参加することもできない。バトルこそは出来るが、こういう場では何もできない子供であることを思い知らされたような気がした。
『ーーーここからは大人に任せてください』
あの日、シドと交わした言葉をスコールはただ信じるしかなかった。
スコールはドアの正面に立ち、そのドアが開くのを待つ。
ゼル、セルフィ、キスティス、アーヴァインも備え付けられたベンチに座ったり、壁に凭れ掛かったりしながらその時を過ごしていた。
そして、バラム・ガーデンの第一会議室の両開きの扉が開いた。
待っていた全員がその視線をドアに注ぐ。
最初に出てきたのはカーウェイだった。
廊下の真ん中に立っていたスコールの元まで彼は歩き、緊張は残したままだが少し安堵した声で言った。
「魔女リノアは..........バラム・ガーデンで監視・保護されることが決定した」
その言葉にスコールは安堵し、彼以外のSeeD達の表情はぱあっと明るくなった。
「.....エスタのレウァール大統領と話した。........その........君のお父上なんだな。あまりにも似てないから......気がつかなかったよ」
「!」
スコールは、頭がカーッと熱くなるのを感じた。非常に恥ずかしい気持ちになった。
(ラグナ!余計なことを!)
そんなスコールを見透かしたのか、カーウェイは、ふっと笑って言った。
「リノアのこと、頼むよ」
そして、カーウェイはスコールの肩をポンっと叩いて歩いて行った。
残されたスコールは不覚にも口の端が少し上がっていた。
「おいおい〜!リノアの親父さんとは楽しそうに喋っていて、オレには挨拶もなしかよー」
余韻に浸っていたスコールであったが、その声で全て壊された。
「あんた・・・・・・余計なことしゃべらないでくれるか?」
さっきまでの柔らかな表情は瞬時に消え、いつもの無愛想な彼に戻った。
ラグナは頭を掻いた。
「ひっでぇなあ。お前とリノアがちゃーんとデートできるように説得したんだぜ。リノアだってたまには外に出たいだろ?まあ、Aランク以上のSeeDのお供付きが条件だけどな」
ラグナはニカっと笑って親指を突き立てていた。
「・・・・・・まったく、あんたは・・・・・・」
自分たちがどれほど緊張して会議の行方を待っていたを知って知らずか、この男は・・・・・・。
いろいろ思ったことがあったけれど、忘れてしまった。と言うよりも、この男の笑った顔を見ていたらどうでもよくなってしまった、とも言うべきか。
(まあ、いいか・・・・・・)
「スコールったら、もう少し素直に喜んだら?」
「そうだよ〜!リノアと一緒にいられるんだよ〜?」
「まったく、そういうところは変わってないぜ」
「いやいや、ゼル。彼はこれでも内心飛び跳ねているんだってば」
無愛想をなじる仲間たちを見て、スコールも喜びを噛み締めることにした。
(そうだ。・・・・・・一人じゃないんだ)
仲間たちを見ながら、スコールは頷いた。その表情はとても柔らかかった。
* * *
皮肉にも、ティンバー独立宣言日および調印式は、魔女会議の翌日だった。
スコールとリノアは、食堂に備え付けられたテレビの前に陣取っている。そして、彼らを取り囲むようにゼル、セルフィ、キスティス、アーヴァインも一緒にその画面を見ていた。
リノアは興奮気味にその映像に釘付けになっていた。
画面の向こうで、礼服に身を包んだ壮年の男が観衆の前で書類にサインをして、その書類を掲げて見せていた。公園のような広場には多くの人々がティンバー独立の瞬間を目に焼き付けようと集まっていた。
晴れて澄み渡る大空が、これからのティンバーの行く末を示すようで、リノアの胸は爽快感に高鳴った。
「あっ、ワッツが今、テレビに映った!」
リノアが画面を指差す。
「ふふっ、あのバンダナ目立つからねー」
リノアはくすりと笑った。
「隣にいるのはゾーンだよね・・・・・・あれ?お腹押さえてない?・・・・・・お腹調子悪いのかなあ?」
困ったように笑いながらリノアは隣に座るスコールを見上げた。
「かもな」
そう言ってリノアを見つめるスコールの表情はとても優しかった。その優しい光を湛えた瞳に安心して、リノアは再び画面に視線を戻す。
テレビの中では、カゴの中に入れられた白い鳩が映っていた。祝い事用に用意されたものだ。合図で一斉にその蓋が開けられる。
白い翼を目一杯広げ、その鳥の群れは羽ばたいた。
晴れて澄み渡る大空に向かって、白い鳥たちは飛んだ。高く、高くーーー。
テレビ画面には、その鳥を追うように青い空に白い鳥の群れが自由に羽ばたく姿が映し出される。
画面に夢中になっていたリノアの頬に一筋の涙が伝った。
知らずに溢れた涙だ。
「ごめん、嬉しいことなのにね。泣きたいの」
止まらない涙を拭いながらリノアは言った。
スコールにはわかっていた。その涙のわけを。
周りにいた仲間たちも、わかっていた。
彼女はバラムガーデンに残るために、自分と一緒にいるために、多くのものを犠牲にしたことを。
犠牲になったものーーー
ティンバーに残してきた仲間たち。
そして、彼女が最も愛する自由。
許可なくガーデンの外に出ることも許されない。
誰かと連絡を取り合うことも許されない。
他にもさまざまな制約が彼女につきまとう。
彼女の自由を奪う象徴として、その左手首には青い石がはめ込まれたシルバーの華奢な装飾がまかれていた。
オダインバンクルだ。
これも忌々しい制約のひとつである。
今思い出しただけでも胸が締め付けられる。スコールは少し顔を顰めた。リノアの手首にオダインバンクルを装着したのは、他ならぬ彼だから。
リノアに頼まれて、そうしたのだ。
魔女の騎士は魔女を守る。
騎士は魔女に安らぎを与え、心を守る。
いつだったか、イデアが教えてくれた。
(俺にできることは………)
スコールはリノアの肩に自分の手を乗せた。そして、人目はばからず、リノアを抱き寄せた。
リノアは驚いた表情で目を見開いた。
しかし、スコールの手のひらが髪を撫で、リノアは彼の肩口に鼻を擦り寄せた。
あのスコールが、そんなことをするなんて信じられない。
周りにいる他の生徒たちは、そんな目で遠巻きに抱き合う二人を見ていた。
(俺は・・・・・・・・・リノアの監視役になんてならない)
スコールは肩口で嗚咽を溢すリノアの頭を抱えながら心の中でもう一度誓った。
(俺は・・・・・・魔女の騎士・・・・・・)
賑やかな歓声が湧き上がるテレビとは反対に、いつもより少し静かな食堂。
そこだけ時間が止まったかのように、二人はしばらく抱き合っていた。
もう離れないって決めたの。
もう離さないって決めたんだ。
互いを離さない強い抱擁は、あのときと変わらない。
・・・・・・魔女でもいいの?
・・・・・・魔女でもいいさ。
《目醒めの森》 終