ティンバー常駐軍の幕営地を襲撃したスコールたちだが、予定外の事態が発生し、作戦の続行は不可能と判断し、撤退した。
ガルバディアの攻撃は意外にも激しく、追手を撒きつつ撤退をしていたら、ティンバー市街地の東海岸側に来てしまい、そこから街の中に入った。もう太陽がすっかり高い位置にいるときだった。
SeeD達は、街に入るとすぐにその異変に気づいた。
建物の陰からこっそり伺う。
「おいおい、街中にガルバディア軍がうようよいるじゃねえか」
「僕たちがさっきまで相手していた常駐軍だよね?」
「何かを探しているみたいね。私たちのことかしら?」
「それにしては、なんか、こそこそしてない〜?ゴミ箱なんてあさってるし.......」
「俺たちのことを探しているなら、もっと大々的にやると思うが........」
* * *
なんとかガルバディア兵の目を盗み、スコール達は森のフクロウのアジトにやってきた。
スコールは若干荒々しくドアを開け、ゾーンとワッツに詰め寄った。
「どういうことだ?シルベウスは幕営地にいたぞ?奴をトレーラーハウスごと連れてきたんじゃないのか?」
ゾーンとワッツは、気まずそうに互いの顔を合わせた。
「.........それが.............」
「一体どういうことか、オレたちにもわからないっス」
ゾーンが頭を掻いた。
「おれたち、違う人を捕まえちまったらしい」
森のフクロウのアジト内部。狭い通路でスコールは腕組みをして、壁にもたれかかりながら、ゾーンとワッツから話を聞いていた。
「間違えてつれてきちまった奴........奴は自分のことを『シルベウスよりもずっと価値のある人質だ』って言うんだよ。おれたちわけわかんなくなっちまって。......で、彼はSeeDに会いたいと言っている」
ゾーンはそこまで言って溜め息をついた。
「だから、みんなが帰ってくるのを待ってたんだ」
スコールは眉間に皺を深めた。
(SeeDに会いたい?なぜ?)
「ま、とにかく見てほしい。おれがヤツに『あんた誰なんだ?』って聞いても『SeeDならわかるはずだ』の一点張りでさ」
ゾーンはスコールに、後についてくるよう手で合図して、アジトの一室につながるドアまで連れてきた。
スコールはドアを少し開け、中を覗いた。
スコールは視線の先の人物に目を見開く。
そこには、勲章のついた軍服に身を纏い椅子に腰掛ける壮年の男の姿があった。
(カーウェイ総帥?!)
(なんてこった........)
スコールは額に手を当て、盛大にため息をついた。
想像のはるか上をいく事態に、思い浮かんだ言葉は意外にも滑稽なものだった。
これで外でガルバディア兵が大騒ぎしているのも説明がつく。
スコールは身を離すかのようにドアを閉じて、眉間の皺を押さえた。
「で、誰だったんだ?」
ゾーンが呑気な調子で訊いてきたから、スコールは腹が立っていた。ぎろりとゾーンを睨む。
「ひっ」
その恐ろしさに、ゾーンは身を引いた。
スコールは目配せをして、その場にいたSeeDたちを集める。
「どうしたの、スコール?」
キスティスが訝しげな表情で尋ねる。スコールの顔色から何か感じとったようだ。
スコールは、その日一番の苦い顔をして言った。
「...........俺たちは、ガルバディア軍最高権力者、フューリー・カーウェイ総帥を誘拐してしまったらしい」
「..................」
「はあ?!」
全員、口を開けて唖然としていた。
「どういうことだよ?!」
ゾーンが驚いて身を引いた。
(それはこっちのセリフだ)
スコールは額に手を当て、溜息をつく。
「なんでSeeDに会いたがっているんだろう?」
アーヴェインは考えると仕草をした。
ゾーンは首を横に振った。
「さあな」
「どうする?」
キスティスが心配そうに問う。
スコールは眉間に皺を寄せたまま答えた。
「相手の目的がわからない。もちろん向こうの意図することだが、話してみるしかないだろ?」
「リノアを返してくれ、とか言うんじゃねえのか?」
ゼルが両手を広げながら言った。
「ああ。そんなところだろうな」
スコールは肩をすくめてみせた。
* * *
警戒を怠らず、スコールは先ほどのドアを開けた。
カーウェイは、部屋に入ってきたスコールの姿を見て少し笑った。
「君と会うのは、2回目だな」
「..........鉄橋が爆破されたので、ティンバー訪問は延期されると思っていました」
「ドール方面から車を走らせれば、来れないこともない」
カーウェイは表情ひとつ変えずに言った。今、反政府組織のアジトに閉じ込められているわけだが、そんな状況を感じさせなかった。
「.......SeeDに会いたかったとのことですが、どういった用件でしょうか?」
カーウェイは、ふうっと一呼吸置いて言った。
「娘に会わせてくれ、と言ったら会わせてくれるかね?」
「.......それは、わかりません。リノアが決めることですから」
「なるほど」
スコールの反応を予想していたかのように、カーウェイは苦々しく笑ったが、すぐに険しい表情に変えた。スコールの瞳を真っ直ぐ見る。
「では、言い方を変えよう。魔女に伝えたいことがあると......」
(?!)
魔女、という言葉にスコールは内心動揺した。しかし、ここで表に出すわけにはいかない。表面を冷静に取り繕った。
「..........おっしゃる意味がよくわかりませんが、リノアに伝えたいことがあるということですね?」
「ああ、そうだ」
カーウェイはスコールを観察するように視線を向け、頷いた。
(この目、嫌いだ。人を試すかのような)
しかし、スコールの表情は崩れなかった。
「少し待ってください。リノアに訊いてきます」
スコールは部屋から出た。そして、閉めたドアにもたれかかり、息を吐いた。
「どうだった?」
スコールが出てくるや否やSeeD一同、駆け寄った。
ゾーンとワッツは、リノアがカーウェイの娘であることを知らない。スコールがカーウェイと話している間、他メンバーが2人をうまく誘導し、今はアジトの他の場所にいるようだった。
「案の定、リノアと話がしたいそうだ」
「セルフィ、リノアを呼んできてくれ」
「えっ、いいの〜?」
スコールは黙って頷いた。
そして、その場にいる全員に目を合わせ、より声のトーンを落として言った。
「カーウェイ総帥は、リノアが魔女であることを知っているようだ。その上で、リノアに伝えたいことがあるらしい」
「?!」
スコールの話を聞いた一同は、一瞬驚き、すぐに緊張した表情になる。
「もちろん、俺も入る。ゼルとアーヴァインは周囲を警戒してくれ。いつガルバディア兵がここを嗅ぎつけてくるかわからない」
「「了解」」
* * *
しばらくして、キツネの森の首領の家にいたリノアがやってきた。
「.........リノア。こうなった以上、相手の目的が何であるのか聞かないと、こちらも手が打てない」
「だから、話してくれるか?」
リノアは硬い表情のまま頷いた。
「でも、スコールも一緒に来てね?」
「もちろんだ」
2人はカーウェイの待つ部屋に入った。
この親子が対面するのは、魔女イデア暗殺計画の日以来だった。
「こんなところで危険を顧みず、レジスタンスとつるんで.........撃ち殺されても文句は言えんぞ」
「そんなことを言うためにわざわざここに来たの?」
「警告をしに来た」
「頼んでいないわ」
会って早々、2人はいがみ合った。
しかし、先に冷静になったのはカーウェイだった。
「..........あと2ヶ月したら、バラムで会議が開かれる。私も出席する予定だ。他にも各国の代表が集う」
ややあって、カーウェイはリノアを真っ直ぐ見ながら言った。
「大戦後の魔女の処遇を決める会議だ」
それを聞いた時、リノアは目を大きく見開いた。
スコールは黙って話を聞いていた。
「........先日ドールとトラビアの2ヵ国が魔女を『海洋探査人工島』に隔離・監視する意志を表明した。ガルバディアにも同意を求めているのだろう」
「バラムの意向はわからない。が、あそこは中立国だ。採決をとるにしても、棄権すると私は見ている」
「エスタはどうするかわからないが........あの国だって、一番の被害国だと言える。おそらく、このままだと...............」
カーウェイはそこまで言って、目を逸らした。
リノアは口を閉じたカーウェイを不審に思う。
しかし、スコールにはわかった。彼が何を言おうとしていたのかを。
(このままだと、魔女は海洋探査人工島に隔離されてしまう.......か)
いつかこのような日が来るとは思っていた。
世界情勢がある程度落ち着き次第、きっと、今の魔女をどうするかという問題にあたるはずだと、スコールは考えていた。
リノアが自由に外に出られるのも今のうちかもしれない、その冷酷な判断が、彼女をここティンバーに連れてきた理由でもある。
「リノア、戻ってこないんだな........」
カーウェイのその声は、先ほどとは違っていた。
一国の権力者ではなく、父親としての姿が垣間見えた。
しばらく父娘の間に沈黙が流れた。
「.........戻れ、ないよ」
リノアの声はかすれていた。そして、その瞳はどこまでも悲しかった。
スコールのような訓練された人間はともかく、彼女の動揺は隠しようもなかった。
カーウェイにとって、それが何よりも確信を得る証拠となった。
「........噂は本当だったんだな」
カーウェイは窓の閉じられたブラインドに視線を向けながらつぶやいた。彼の瞳の奥も悲しい光を宿していた。
「バラム・ガーデンに魔女がいると......その魔女は、ガーデンの生徒ではない16、17歳の娘だと.......」
「もう世界各国の上層部には、その情報が伝わっている」
カーウェイが何を言おうとも、リノアは黙ったままだった。
それを見兼ねてなのか、カーウェイは諦めたかのように立ち上がった。
「そろそろ、行くとしよう」
そう言って、彼はスコールを見た。その表情はすっかり軍人の顔になっていた。
「本来なら、今頃列車で移動している時間だ。明日の午前中にはデリングシティで将校が集まる会議がある。遅くともそれに間に合わないと、ガルバディア国内は大騒ぎするだろうな」
「オーベール湖北の森の中で部下と合流する。そこまで送ってくれるかね?」
カーウェイは、再びスコールの苦手とするあの目を向けてきた。
敵側からの常識はずれな要求に、スコールは眉間に皺を寄せた。
「私と一緒にいるところを外にいる兵士達に見つかれば、君たちはガルバディア軍総帥を襲撃拉致した者として、即刻処刑される。また、私をここで殺しても、ガルバディアがティンバーに報復攻撃をして、街は火の海になる」
「いずれにしても、明日の会議に出席できなければ、ティンバーで私の身に危険が起こったと、本国は疑うわけだが.....どうする?」
余裕のある表情。
スコールは、カーウェイを睨んだ。
こちらが手出しできないと見越したうえで、カーウェイはここにやってきたのだと悟った。
全て相手の思惑通りに進む事態に、内心怒りと悔しさで腑が煮え返る思いだった。
「........合流ポイントまで、お送りします」
リノアが何か言いたげな視線を送ったが、それに気づかないふりをして、スコールはドアノブに手を掛けた。
* * *
「えっ?SeeDさん、全員、行っちゃうんスか?心細いっスね」
呑気なワッツの言葉に、スコールは苛立った様子で彼ににじり寄った。
「いいか?俺たちはガルバディア軍の最高権力者を拉致したんだ。これがガ軍に知られたら、街中火の海にされてもおかしくない」
「戦力の配分は、もはや気にしていられない。総帥を無事にガルバディアに送り返すのだって危険なんだ。帰りだって、ここに無事に戻ってこれるかわからない」
眉間に皺を寄せてスコールは現状を説明した。
別に彼らに完全に理解してもらおうとは思わない。
出発は出来る限り早い方がいい。道中何が起こるかわからないから。
「アーヴァインとセルフィは索敵しつつ、経路の確保を。ゼルとキスティスは、警戒を怠らず総帥と行動してくれ。俺は後からついていく」
* * *
街中、そしてティンバー市街地周辺に展開するガルバディア軍の合間を縫うように進んだため、ただ移動するだけに比べて、相当時間がかかった。
やっとの思いで、総帥の指定するポイントにつく頃には、既に日が傾いていた。
「ご苦労だったな。ここまでで結構だ」
なんでこんなことしなきゃいけないんだ?
そこにいるカーウェイ以外の全員が思っていた。
「お気をつけて」
相手を気遣うようだが、皮肉を込めてスコールは言った。
その言葉に、カーウェイは苦笑して、最後に一歩彼の肩口に近づいた。
「油断するな...............」
他のメンバーには聞こえてないような小さな声だった。
「敵はガルバディアだけだと思わない方がいい.......」
スコールは姿勢をそのままに、ただ聞くだけだった。
(.......?.........どういうことだ?)
その言葉を最後に、カーウェイは黒い森の中へ消えていった。
* * *
カーウェイは森の中をひたすら歩いた。
ーーーー最後、自分らしくないことをしてしまった、と彼は思った。
ーーーー相手にヒントを与えるなんて。
正直、彼はこれでもというくらい疲弊していた。
戻れないと言ったときの娘の表情が頭から離れない。
ーーーー私が、あの若者たちにどこか期待しているとでも?救いを求めているとでも?
(やめよう........今は過去の思索に耽る場合ではない。これからのことを考えなければ)
無理やりに湧き上がる思考を薙ぎ払い歩いた先に、自分の方を照らす車のヘッドライトが見えた。
その眩しさに目を細める。
逆光で顔こそは見えないが、カーウェイは知った相手だと確信して、片手を上げて合図した。
「総帥、ご無事でしたか.........」
2人のSeeDが、さっと駆け寄る。
「ああ。シルベウスのところで、ちょっと探しものをしていたんだかね。........ちょうどそのとき、娘とつるんでいるレジスタンスが襲ってきたんだ。SeeDたちを連れてね」
「本当はシルベウスを誘拐するつもりだったと思うが、これは好都合と思って、そのまま拐われて、娘のところに連れて行ってもらったよ」
ニーダとシュウは唖然とした。
クライアントが幕営地に行ったきり、なかなか帰ってこないことにあれほど肝を冷やしたというのに。
なんという行動力と度胸だ。
「........それで、お嬢さんには会えたんですか?」
シュウはおそるおそる聞いた。
「ああ、会えたよ。だが、説得はできなかった」
そう言った彼の瞳の奥は悲しげに光った。
しかし、その光はすぐ消え、カーウェイの瞳は鋭く2人を射抜いた。
「さあ、娘のまわりにつく厄介者たちは、充分時間を使って遠ざけた。もう、娘はヤツらのところにいるはずだ。........君たち、ここからがSeeDの本業だ。準備はいいな?」
「「はい」」
「では、次の作戦に移行してくれ」
「「了解!」」
ニーダとシュウは敬礼して、ティンバー市街地の方向へ走って行った。
取り残されたカーウェイは、迎えの車両に乗り込んだ。前半分は部下の兵士が乗り、後ろ半分はカーウェイが休んだり作戦を練れるようにしっかりと区切られている特別仕様だ。
「疲れている。しばらく1人にしてくれないか」
それだけ告げて、彼は車両後部に移った。
彼はうなだれるよつにシートに座った。
両手を膝の上で組んで、俯いた。
「ジュリア..............」
亡き妻の名を呼ぶ。また、リノアの母親の名前でもある。
「ひどい父親だと呆れる......いや、怒るだろうな........」
「でも、こうでもしないと.......リノアは.........」
続きの言葉は、言うのも恐ろしかった。
ーーーーー世界の果て、遠く離れた島に、恐れられ、忌み嫌われ、一生閉じ込められてしまう。
「私はどうしたらいい?」
カーウェイは、祈るような姿勢でしばらく俯いていた。そして、その車両はデリングシティへ向かった。
* * *
カーウェイと別れ、スコール達は再びティンバー市街地をめざした。
疲労も溜まっているし、ガルバディア軍を下手に刺激したくなかった。極力戦闘を避けるため、また索敵しつつ経路を確保し進んだ。
もう月は高い位置にあり、森の方からは獣の鳴き声が聞こえた。
そして、日付がまたぐ頃に、やっと森のフクロウのアジトに戻ってこれた。
スコール達がティンバーに戻って最初に受けた報告はーーーーー
森のキツネの首領の娘と一緒に出かけたきり、リノアとその娘が帰ってこないという報告だった。