「あの男がわたしのことを守ろうとした・・・・・・?」
リノアは怪訝な表情を浮かべる。
シュウは何も言わずに頷いた。
ガルバディア大陸の北東部ヤルニ渓谷。
廃坑となった場所に、かつては労働者の管理および休憩する建物が建っていた。
ガルバディア軍総帥フューリー・カーウェイの手配により、ここには最低限の食料や備品がそろっていた。
彼に雇われたバラム・ガーデンのSeeDであるシュウとニーダは、ここで一泊して翌日にドールの港に向かいカーウェイが用意した高速艇に乗って、デリングシティに行く予定であった。
しかし、その計画は大きく崩れる。
リノアの魔女の力が解放され、彼女はここを抜けだして消えてしまったからだ。
その彼女を捕らえたのは、他でもない魔女の騎士スコールであった。
襲いかかるモンスターの群れから免れ、安全なこの場所にシュウ、ニーダ共々逃げてきたのであった。
最初はリノアを連れ去ったシュウとニーダに敵対していたスコールだが、リノアを前にすると不思議と敵意がなくなってしまった。
シュウ、ニーダ、リノア、スコールの4人はこれまでのことを情報共有していた。
シュウは苦しそうな表情を浮かべ、リノアに語った。
「カーウェイ総帥は何としてでも守ろうとしたんだよ、リノアのことを。このままだと、リノアは封印・・・・・・もしくは、人工島に閉じ込められてしまうって」
「自分が娘に憎まれてもいいって考えてたみたい。だから、私たちSeeDを雇って、ガルバディアに連れて帰ろうとしたんだ。ガルバディア軍総帥の力を使えば、なんとかリノアに普通の生活をさせることができるんじゃないかって」
リノアは考えるように黙って聞いていた。父親の意図をはじめて聞かされた気がした。
「でも・・・・・・」
リノアはそこで言い淀んだ。
この先どうなるかわからない。封印されたり、閉じ込められるのは絶対嫌だ。かといって、ガルバディアに帰るのも嫌だ。
でも、やっぱりスコール達と一緒にいたかった。
そうなると、父をはじめシュウとニーダは、スコール達と戦うことになるのか・・・・・・?
危険を顧みず、スコール達と一緒にいることはいけないことなのか・・・・・・?
リノアは押し黙ってしまった。
そこで、黙ってしまった彼女を察したのかスコールが口を開いた。
「リノアはバラム・ガーデンに帰る」
シュウとニーダが驚いて顔をスコールに向ける。
「それで、ガーデンで保護する」
スコールは、はっきりと言い切った。
「魔女のことが話し合われる会議でシド学園長に提案してもらうんだ」
今度はシュウとニーダが黙ってしまう番だった。
「そんなことできるのか?」
心配そうにニーダが問う。
「できる。絶対そうしてもらう」
スコールは強い意志を秘めた瞳を湛え頷いた。
これ以上話が進まなくなってしまい、一同が何も語らなくなった頃、ドアがゆっくりと開いた。
そこから、異変を聞きつけ駆けつけたフューリー・カーウェイが出てきた。
シュウとニーダは表情をきりっと整え敬礼をした。
「リノアは無事保護できたか?」
カーウェイはシュウに問う。
「はい」
カーウェイはシュウの横に佇むリノアの顔を見て、少し和らいだ視線を向けた。
そして、その隣に立つスコールには精一杯苦い視線を向けた。
「・・・・・・それで、これはどういうことかな?」
スコールとカーウェイの視線はぶつかり合った。
* * *
「なるほど。モンスターが凶暴化したと・・・・・・」
カーウェイは椅子に座りながら、シュウからこれまでの経緯を聞いた。
リノアは保護できたものの、そのリノアをまた取り返す可能性のあるスコールがついてきたことは誤算だった。しかし、シュウの説明ではそうしないとリノアの身の安全は守れなかったと聞く。
「今日出発する予定だった高速艇は、ドール港にとりあえず泊まらせてある」
「それよりも、ティンバーからシルベウス達がここに向かってきているようだ。私の部下がその情報を仕入れた。おそらく、リノアを取り返しにくる」
「このまま逃げてもしょうがない。それに私はシルベウスにどうしても聞きたいことがある。だから、ここでシルベウスを迎え撃つ。これが次の命令だ」
「「了解!」」
シュウとニーダは敬礼をした。
それに一瞥し、椅子から下りて、カーウェイはスコール前に立ちはだかった。
「君とは停戦状態だったな。ここにいる限り、シルベウスの軍が押し寄せてくるわけだが、どうする?君だけここから出て行ってもらっても構わんよ」
リノアを置いて自分だけ逃げるなんて、スコールとしては耐え難いほど屈辱的なことである。
カーウェイの皮肉交じりの言葉を、真っ正面から受け止めてスコールは彼をじっと見た。
「俺もここに残って戦います。クライアントを・・・リノアを守るのが務めですから」
「好きにしろ。・・・・・・私が作戦を練ろう。君、この地図を広げてくれるかね」
そう言って、カーウェイはニーダに地図を渡した。
ニーダは地図を広げて戻らないように押さえた。カーウェイは椅子に腰掛け、具体的な作戦を考え始めた。
スコールとカーウェイの睨み合いが終わって、シュウはふうとため息をついた。
そして、スコールの袖を引っ張って、壁側に寄せた。
(ひそひそ)「え〜?リノアとのことまだ知られてないの?それとも認められてないってこと?」
(ひそひそ)「知るか。向こうが勝手に突っかかってくるんだ」
(ひそひそ)「はあ〜、スコールも苦労するねえ」
(ひそひそ)「.......あんたには関係ないだろ」
リノアだけは鈍感で、スコールとカーウェイの睨み合いの真意を掴んでいなかった。
不思議そうな顔をしてシュウとスコールが振り返るのを待っていた。
* * *
カーウェイはこの周辺地図とこの炭鉱内部の地図を見て、印をつけながら作戦を立案していた。
SeeD3人やリノアの立ち位置や役割、さまざまなパターンに応じて作戦行動を考えていた。カーウェイの練った作戦は非常に効率の良いものであった。
「はー、勉強になるねえ」
ニーダが呟いた。
カーウェイはその場にあるもので簡単な罠を作ったり、警報装置や集音機をつけたりするなど、地の利を生かした作戦を立てていた。
「こんなガラクタから何でもできるんですね」
シュウが感心して言った。
カーウェイは少し笑った。
「フッ、私が若い頃はガルバディアもまだ豊かではなかった。戦場では、こうしてその場のものを利用してしのいだものさ」
「情報によると、シルベウスはガルバディア兵ではなく、ティンバーのレジスタンスを連れている。理由は・・・・・・そのうちわかるだろう。レジスタンスの数は多いかも知れないが、こちらにはSeeDが3人いる。勝算はある。さらに、私はシルベウスと話がしたい。だから、ヤツは殺すな。捕らえるんだ」
「了解」
3人のSeeDは頷いた。
そこでスコールは口を開いた。
「しかし、総帥・・・・・・俺たちはティンバーの森で普段見かけないモンスターを見ました。ガルバディア軍がガルバディアガーデンに放ったモンスターと同じ種類です。しかも、凶悪化していました。シルベウスは、俺たちを始末するために森にモンスターを放った可能性があります。もし、同じようにモンスターを連れてこられたら・・・・・・」
「その場合は、ここを放棄して私が乗ってきた車でドールの電波塔方面へ向かう。さすがにシルベウスも他国で暴れるわけにはいかないだろう。まあ、シルベウスを取り逃がすわけにはなるが・・・・・・仕方あるまい」
さらにカーウェイは眉を上げてスコールを見ながら話を続けた。
「仮にそうなった場合、誰かがここに残って、シルベウス達の足止めをしてくれると助かるのだが・・・・・・」
そこまで言うと、カーウェイはスコールを見た。
再び二人の視線が衝突する。
カーウェイはなんとしてもスコールからリノアを引き離し、ガルバディアに連れて帰るつもりなのだ。
「ちょっと!それはないんじゃないの?!」
リノアが怒って声を上げた。
カーウェイは首を横に振りながら、悲しい目をして応えた。
「娘がどこかに閉じ込められ、人々に恐れられて憎まれるくらいなら・・・・・・リノアは私がガルバディアに秘密裏で連れて帰る。これでも一国の軍の最高権力者だ。口裏合わせならできるし、リノアはガルバディアでカーウェイ家の娘として振る舞い生活できる。その方が娘も幸せだ」
さらにカーウェイは付け足した。
「それに、ティンバーもいずれは独立させるつもりだ。だから、このレジスタンスごっこももう終わりだ。リノア。もう、うちに帰って来なさい。そうしてくれたら、お前が嫌う束縛はしないつもりだ」
リノアは押し黙った。
でも、スコールは何か言いたげだった。
その表情に気づいたカーウェイは、さらに一言加える。
「クライアントの安全と利益を考えればわかるはずだが?」
そう言ってスコールを一瞥した。
スコールは少し考えた。
そして、精一杯言葉を紡いだ。
これはSeeDとしてではない、彼自身の言葉だった。
「リノアがどこかに閉じ込められるくらいなら、その方がいいかもしれません。でも・・・・・・」
彼は固い意思を秘めた目でカーウェイを見た。
「リノアはバラム・ガーデンに連れて帰ります。魔女リノアはガーデンで保護します」
カーウェイはその言葉に眉をひそめた。
「なんだと?」
一歩スコールに寄って険しい表情のまま追及する。
「・・・・・・そこまでリノアに固執する理由はなんだ?」
・・・・・理由?
リノアは元々依頼主で、彼女がそれを望むから―――
ガルバディアは戦争の爪痕も深く、魔女に反感を持つものも多い。そんな国はリノアにとって危険だからーーー
もし魔女の力が暴走したとき、その力を押さえるのは国力が低下したガルバディアには無理で、魔女を倒す目的でつくられたSeeDならそれが可能だから―――
いや、ちがう・・・・・・
リノアと一緒にいたいから―――
そう、俺のそばを離れるなと、確かに言ったから。
ーー俺はーーー
長い沈黙を破ったのは、拗ねた高い声だった。
「もうっ!なーんで、ビシッと言えないのかなあ?」
ぷくっと口を尖らせたリノアが、腰に手を当て言った。
頬を少し赤く上気させて、スコールを上目遣いで睨んだ。
シュウ、ニーダ、スコールは・・・・・・もちろんリノアの性格はよく把握している。
シュウとニーダは彼女の口からどんな言葉が飛び出してくるのか、固唾を飲んで事の行方を見守る。
(リノア・・・・・・何を言うつもりだ・・・・・・?)
その心の声が表情として表れていたのかも知れない。スコールはその日一番の苦い表情を浮かべていた。
カーウェイはそれに気づき苦笑した。
「・・・・・・ふっ、どうやら一介のクライアントと雇い人の関係ではなさそうだな」
リノアは、すうっと息を吸って、一気に言葉を吐いた。
「そうよ。彼は・・・・・・スコールは、わたしの騎士よ。そう・・・・・・魔女の騎士。ずっとわたしのこと守ってくれたの。先代の魔女イデアが教えてくれた。魔女の騎士は身だけでなく心も守ってくれるって。騎士がいない魔女はその心を悪に染めてしまう・・・・・・。わたしには、彼が必要なの」
リノアは必死な顔で父を見つめた。
「だから、お願い。お父さん」
(『お父さん』......か)
こう呼ばれたのは随分前のことだ。
カーウェイは苦い表情をして黙った。
すぐに返事ができないのは、先のことばかり考えてしまう年のせいか、それとも親心からくるものなのか。
「・・・・・・この件については考えさせてくれ。一旦保留だ。それより、ここに迫っているシルベウスたちをなんとかしよう」
* * *
その夜、シルベウスの襲撃に備えて3人のSeeDは交代で見張りを立てることにした。この建物の屋根に上がれば何も遮るものもなくヤルニ渓谷の谷間やその先の平原や森を見下ろすことができる。屋根にはバルコニーに取り付けられた梯子を登れば辿り着く。
リノアはベッドで休み、カーウェイはテーブルに備えられた椅子に腰掛けていた。
シュウ、ニーダ、スコールは朝からのリノアの捜索やモンスターとの戦闘で疲れが蓄積していたところだったので、3人で交代して休めるというのはありがたかった。
シュウはリノアの休むベッドにもたれかかるようにして眠り、スコールは別の部屋で壁に背を向けて座り込み目を閉じていた。身体のすぐ横、壁に立てかけたガンブレードの刃が、窓から差し込む月明かりに反射して静かに光っていた。
スコールは、ぱっと目を開いて、腕時計で時間を確認する。
(........そろそろ交代の時間だな)
今はニーダが屋上で見張りをしている。
スコールは立ち上がり、ガンブレードの柄を握り、バルコニーに続く扉を開けた。
外は静寂しかなかった。
ときおり、冷たい風が谷間を流れ、ヒューと音をたてる。屋根からは夜目でもヤルニ渓谷の岩肌が確認できる。視線を遠く南に向けると一段と黒く横たわる地帯がある。そこがティンバー最大の森林地帯、ロスフォールの森だ。
スコールが屋上に登って来たのを、見張りをしていたニーダはすぐに気づいた。はしごから身を出した彼を一瞥する。そして、再び視線を遠くに向けた。
「もう交代の時間か.........」
「ああ」
ヒューと風が二人の髪を撫でた。ニーダは防砂用と思われるマントで身を包み、広がる夜の自然を眺めていた。
「........さっきはヒヤヒヤしたよ」
ニーダは苦笑を漏らすように言った。
「リノア、何を言い出すのかなって思って」
スコールは一瞬何のことかと首を傾げたが、すぐに彼が言わんとすることがわかった。
「ああ」
ただそれだけ返事をした。
「でも、言ってることは、もっともなことだとオレは思ったよ」
スコール自身も、あのときリノアが何を言い出すかひやひやしたけれど、終わってみればとても爽快な気分になれた。
そう、リノアはスコールが考えていたことーーー
考えていたけれど、口下手な彼がなかなか言えなかったことを言ってくれた。
ニーダはカーウェイとスコールのやりとりを思い出した。娘をガルバディアに連れて帰ろうとするカーウェイに、真っ向から対抗する彼の姿ーーー
キスティスなんかは「スコールは変わった」とよく言っていたが、ニーダ自身、先ほどのカーウェイとのやりとりで彼の変貌を目の当たりにした。
「.......スコール。おまえ、変わったな」
ニーダはスコールを見た。
彼は相変わらず、遠くを眺めていた。
ニーダの言葉を否定するわけでもなく、スコールはこう答えた。
「.......リノアが.....変えてくれたんだ」
その言葉に、ニーダは口元に小さく笑みを浮かべた。ゆっくり立ち上がりマントを脱いだ。
そして去り際に、バッと厚手の布地をスコールに渡した。
「それ、使いなよ。外はけっこう冷えるぜ」
スコールは黙って頷いた。そしてマントを翻して身を隠した。防砂用だがそれなりに寒さをしのげる。
ニーダは音も立たずに梯子を降りていった。
* * *
ベッドで横になっていたリノアは急に目を覚ました。
いつもと違う場所、さらにこの建物全体に張り巡らされた緊張感、いろいろなことが起こりすぎた昨日と今日の出来事が彼女の眠りを浅くした。
窓の外に目を向けると、闇と月のコントラストがまだ夜が明けていないことを示していた。
次の瞬間、窓ガラスの向こうを人が横切った。
一瞬だけど、そのシルエットで誰なのかはすぐわかった。
(........スコール)
リノアは静かに身を起こした。
遠慮がちな視線を傍で床に座って眠るシュウに向ける。彼女は目を閉じていた。
「........................」
リノアは音を立てないように身体をずらし、床に足をつけた。
横を通り過ぎるリノアをシュウは彼女に気づかれないように薄目を開けて覗く。
リノアがバルコニーに続くドアノブに手をかけた。
彼女の行き先がわかって、シュウは再び目を閉じることに決めた。
* * *
しばらく一人で屋上に座り、周囲を警戒していたスコールは、こちらに近づいてくる気配にすぐ気づいた。
屋根に続く梯子から、よく見慣れた顔が出てきた。
「リノア.........」
スコールは立ち上がった。
リノアは梯子を登り切り、スコールのもとへ行こうとしていた。
斜めになって不安定な屋根の上。
スコールはリノアに向けて手を差し伸ばした。
リノアはそれを掴む感触を得て、スコールは自分の方へぐっと引き寄せる。
勢いがつきすぎて、リノアはスコールの胸の中に飛び込んだような形になった。バランスを崩しそうになる彼女を抱きしめてその腕の中に留まらせる。
落ち着いたところで、ゆっくりとリノアは顔を上げた。間近で二人の視線は交差する。
スコールは少しだけ自分の体温が上がるのを感じた。
「えへへ。やっと二人きりになれたね」
リノアは嬉しそうにはにかんだ。
屋根の1番上、少し平らになったスペースに二人は腰を下ろした。
しばらく沈黙が流れた。
リノアの黒い髪が渓谷を吹き上げる風に靡いていた。
スコールは谷間とその先の黒い森を見渡していた。
リノアもそれにならって同じように眺める。
暗く得体の知れない夜の森。
まるで自分の行末のようだとリノアは思った。
先のことを考えると怖くなって、彼女はスコールに話しかけることにした。そうすれば怖さも少しは和らぐ。
「........ねえ。スコールはどうして、わたしがティンバーに来ることを賛成してくれたの?」
「........それは」
リノアはいずれ自由が利かなくなる日が来るだろう、その前にできることは何でもやらせてやりたかった。そんなこと、今のスコールの口からはとてもじゃないが言えなかった。
「なんとなく、だ」
「なにそれー?」
リノアが拗ねたように口を尖らす。
予想通りの反応にスコールは苦笑して、すぐに言い直した。
「リノアが喜ぶ顔が見たかったからだ」
その言葉に、リノアの顔に満足気な笑みが溢れた。
彼女の笑顔を見たら、スコールは自分の言ったことが急に恥ずかしくなって、照れ隠しをするように付け足した。
「実際、森のフクロウとの契約は残ってたからな」
契約。それは二人が再会するきっかけを作ってくれたものだ。先ほど、カーウェイは「ティンバーを独立させる」と言っていたのをリノアは思い出した。
「ふふっ。でもさ、本当にティンバーが独立したら、契約関係なくなっちゃうね。そうなったら、純粋なお付き合いってやつー?」
「.........かもな」
リノアは少し笑った。
しかし、すぐにその表情は曇った。
「これからどうなっちゃうんだろう?わたし.........」
リノアは寒さからなのか、怯えているからなのか、両手で自身の腕に手を置いてさすった。
スコールは隣に座るリノアを抱き寄せた。そして、被っていたマントでリノアを覆う。急に視界がなくなったリノアは驚いた。もぞもぞと布地の下で動き、がばっと頭を出した。
「.........先のことは、そのときになって考えるさ」
スコールはリノアの肩に自分の顎を乗せるように、後ろから彼女を抱きしめる。
「離れ離れになったら、どうしよう?」
リノアが身を反転させてスコールにしがみついた。
「俺がそんなことさせない」
リノアを包むスコールの腕に力が込められた。
「俺を信じろ」
リノアの肩口でスコールは言った。
「...........うん、信じる」
その言葉に安心するようにリノアは目を閉じた。
身体を離した二人は少し見つめ合った。
どちらともなく寄せ合い唇が重なる。
でも、すぐに離した。
ここは戦場なのだ。いつシルベウス達が襲ってくるとも限らない。
名残惜しい感触だったが、続きはすべてが終わった後ーーーー二人はそれぞれ胸に留めるのであった。
* * *
テーブルには、小型のランプと地図や作戦をまとめたメモ。それに、罠や警報装置を仕掛けた際に使った道具や部品の端々。
カーウェイはヘッドホンを付け用心深く、そこから漏れる音を聞いていた。
敵の動きを感知するための集音器はこの建物の至る所につけてある。
もちろん、屋上だって例外ではない。
ふう、と息を吐いて、彼はヘッドホンを外した。
眠気がきたのか、それとも他の理由なのか目頭を指でぐっと押さえて、意識を保たせる。
そして、苦笑とも、険しいともとれない複雑な表情で窓の外に目を向ける。
カーウェイは椅子に凭れ掛けながら、昔の記憶に思いを馳せた。
幼い頃から本当にお転婆だった娘。
好奇心旺盛で、人懐こく、女の子だというのに、木登り、虫捕り、いたずらだって当たり前だった。
躾の厳しい家庭で育ったカーウェイにとって、そんな娘は愛おしいと思う半面、非常に危なっかしくて、いつもひやひやしていた。
リノアのお転婆には毎度手を焼かされていた。
ーーーーもう、失いたくないんだ。
妻が亡くなった後、彼に残されたのは、行き場のない喪失感と失うことへの恐怖だった。
その分、リノアを縛り付けてしまった。
カーウェイがひとつ溜息をついたそのとき、一筋の小さな光が夜空に溢れるように駆けて、すぐ消えた。
『もう、好きにさせてあげたら?』
お転婆な娘を諌めても全然聞かなくて、ほとほと困り果てたときに、宥めるように笑いかける妻の声が聞こえたような気がした。