永遠なんて
信じなかった
運命なんて
信じなかった
でも
この永遠を
ずっと信じたい
そう思った
『永遠の花』
ロータリーに黒塗りの車が1台止まった。
青年は黙って頷いて、車に乗り込む。
その身に纏う緑色の軍服が、彼の薄茶色の髪と相まって、よく映えた。
少し長めの前髪から覗く灰色かかった碧い瞳からは表情は読み取れない。ただ、冷たい印象を与えるだけだった。
白い手袋をはめた運転手は完璧な身のこなしでドアを閉めて運転席に乗り込み、エンジンをかける。
大げさな音を立て、その車は走った。
閑静な高級住宅街に通る道に沿って、桜並木が続いている。
桜の花びらが風に舞っていた。
春か………
春という季節は、生命の息吹が溢れる季節だ。
車の窓から見上げた空は澄みきった水色で、白い小鳥が羽ばたいていた。
その自由に空を飛ぶ鳥の姿は、彼の胸を悲しく締め付けた。
かつて……愛していた存在を思わせた。
そして、もう戻ってこないだろう。
かつて………?
……いや
今でも愛している……リノア………
◇ ◇ ◇
「スコール・レオンハート。貴殿をティンバー軍総司令部准将に命ずる」
白髪で髭を生やした男の声が重々しく響いた。
重厚な机、歴代の総督の写真が飾られたキャビン、黒革のソファーが配置された、この総督司令室には今3人の男がいる。
一人はティンバー軍総督であるラウル総督。
もう一人は彼の横に立つダグナー大将。
そして最後の一人はスコール・レオンハート本人。
彼の肩書きは、ダグナー大将により勲章を胸に付けられたことより、たった今、准将となった。
ダグナー総督は、何か言いたげに、ここでひとつ咳払いをした。
「えー、君は入隊して何年目だ?」
「5年目になります」
スコールは表情ひとつ変えずに答えた。
そう、たった5年で彼はティンバー軍の将校になったのだ。このような昇進はティンバー軍発足以来である。
「………5年か。もうそんなに経つのか」
「しかし、たった5年で将校になった者はおるまい」
「……今後も精進を続けて、我がティンバーの栄光と繁栄に貢献してくれたまえ」
「期待しているぞ」とダグナー総督は言いながら、自分の机に向かい、黒革製の大きな椅子にどっしりと腰を下ろした。
「……では、任務に戻ってくれ」
総督にそう言われ、スコールは凛とした声で返事をし、敬礼をする。
そして、彼は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
「おい、あれ、レオンハート隊長じゃないか?」
「もう隊長じゃない。どうやら今日、准将になったらしいぜ」
「えっ?!あの人、入隊して今年で5年目だろ?!」
スコールが廊下を通れば、すれ違う兵士たちは、振り返る。
彼はティンバー軍に入隊したときから注目の存在なのだ。
スコールは自分の執務室へやって来た。
黒革の椅子に腰を掛けて、目を通すべき書類を読み、必要があれば、高品質な万年筆を手にしてサインを施す。
ここで、ノックがした。
返事をすると、一人の女性が入って来た。
「私、レオンハート准将の秘書を務めさせていただきます、アンジェラ・フェイと申します。」
女性事務官の制服を身に付け、茶色の長い髪の毛を、結っている。華奢な銀縁の眼鏡をかけている。その奥の茶色の瞳は知的な印象を与えた。
「ああ、よろしく」
そう言ってスコールは彼女を一瞥しただけで、彼は再び書類に目を落とした。
その後、市街周辺のモンスターの調査の結果報告を受け、各部隊に的確に指示を出した。
それから、軍事予算委員会、過激派レジスタンス対策会議、と次々に仕事をこなしていった。
昇格し地位が上がれば上がるほど、デスクワークは増えていった。
彼は異例の速さで昇格していたものの、勤続年数は短い。
だから、ティンバー軍の将校たちは、決まって面倒な事を彼に押し付けた。
しかし、スコールは文句のひとつも言わずにその仕事をこなしていった。
文句を言ったり、理由を問いたりしても、結果は変わらないことを知っていたからだ。
『SeeDは何故と問うことなかれ』
バラム・ガーデンにいた頃に培われた精神が、役に立っているのかもしれない。
ダグナー総督のところで、勲章をもらったのは、夕方前だったが、今はとっくに日は沈み、彼の執務室の窓からはティンバーの街の灯りが浮かんで見えた。
一般兵の勤務はとっくに終わっている。だから、ティンバー軍本部の古びた建物は、昼間の喧騒とは打って変わって静かであった。
スコールはそれでも残っていた。
やりかけの仕事があるのだ。
「今日はもう帰っていい」
スコールは卓上の時計をちらっと見てフェイにそう告げた。
「しかし、まだ来週のスケジュール調整が…」
「いや、大丈夫だ。明日もあるから……」
彼はアンジェラに目を向けそれだけ言った。
そして、内心ため息をついた。
(……このぶんだと、日付が変わる前に帰れそうにないな……)
「……分かりました。……明日のお迎えの車は今日と同じ時間に向かわせます……」
「ああ、頼む」
彼はそう言いながら、一枚の紙にサインをした。
「では、私はお先に失礼します……」
アンジェラはドアの前に立ち、スコールに向かって深々と頭を下げた。
彼が果たしてそれを見ていたのかどうかわからないが。
彼の軽い返事を聞いて、アンジェラはドアを開けた。
ガチャン
ふう。
アンジェラ・フェイはドアに寄り掛かった。
(疲れた…)
憧れのスコール・レオンハートの秘書になったわけだが、ここでの仕事は予想以上にハードだった。
(対レジスタンス会議はともかく、予算委員会なんてレオンハート准将が出る必要なんてないのに~)
(老人将校たちに睨まれて、面倒な仕事を押し付けられてるのね…)
重い足取りでアンジェラは廊下を歩く。
「おっ、アンジェラじゃないか」
後ろから呼び止められ、アンジェラは振り返る。
「ジェイス……」
ジェイスはアンジェラと同時期に入隊したティンバー軍第一部隊の兵士である。
彼らは、同じ軍事学校を卒業し、入隊した後も何かと顔を合わせることが多い。
「アンジェラ、スコール准将の専属秘書になったんだって??すごいよな……って、疲れてるなぁ………。」
「……大丈夫よ」
ジェイスの言う通り、アンジェラは幾分か疲れているように見えた。
「お前、根性あるもんな。でもな俺もスコール准将が管轄する対テロ特殊部隊に選ばれたんだ…」
ジェイスは誇らしい気に言った。
「え……」
アンジェラは呆けた顔をした。
対テロ特殊部隊は、ティンバー軍の兵士の中でも選りすぐりの兵士が集まったものである。
ティンバーが独立して何年かの月日は経つ。月の涙の影響は比較的に少なく、周辺モンスターはそれほど問題ないが、膨大な数のレジスタンスが活動をしている。穏健に平和を訴え、ティンバーの発展のために活動するものもあれば、旧宗主国ガルバディアに復讐することを訴えるものもある。
『宥和』か……
それとも『対立』か……
この二極の間でこの国は揺れていた。
さまざまなレジスタンスがひしめく中、過激派レジスタンスの行う反政府活動やテロを鎮圧するのが、ティンバー軍の大きな役目である。
バラムガーデンの元司令官、SランクのSeeD、そして、魔女を倒した伝説の戦士……
スコール・レオンハート
SeeDの任務の性質上、彼はSeeD時代はあまり表舞台に顔を出すことがなかった。 しかし、その名前だけは世界中に知られていた。
ティンバー軍入隊式の日、人々は初めてその伝説の男を目にする。
◇ ◇ ◇
今から5年前のティンバー独立記念公園で開かれた入隊セレモニー。
武骨な戦士の姿とは程遠い、ティンバーの濃緑の軍服を着たスコールの姿があった。
(あれが…スコール・レオンハート………)
軍服に身を包み、腰にはガンブレードと呼ばれる大剣を下げている。総督に向けて、敬礼をする姿は、まさに誇り高き獅子を思わせた。
父親を早くに亡くし、身体が弱い母と一緒に暮らしてきたアンジェラ。
少しでも母を楽にしようと、戦士を目指し必死になって軍事学校では訓練に励んだ。
そしてティンバー軍に入隊し、人に認められる存在になろうと思った。
彼に認められるような存在になりたい。
最強の戦士と言われるスコール・レオンハートに。
◇ ◇ ◇
アンジェラがスコールの秘書になり、数日が経過したところだった。
ある日、アンジェラが夜遅くまで仕事をするときがあった。
仕事に一区切りをつけ、帰り支度をして、廊下を歩いているところだった。
ティンバー軍本部棟の無機質な窓からは、満天の星空が見えた。
(綺麗だな)
このようなささやかな時間がアンジェラの疲れを癒した。
この廊下の先に、バルコニーがある。
星でも見ようと、アンジェラはバルコニーに足を運んだ。
昼間は兵士達の休憩場であるバルコニー。
昼の喧騒とはうってかわって、バルコニーは涼しい風が静かに吹いていた。
ふぅ、と息をついて、アンジェラは夜空を見上げる。
天上は宝石箱を散りばめたように星が広がっていた。
そこへ、一筋の星が零れ落ちた。
(あ、流れ星……)
なんだか嬉しくてふいに笑みが溢れる。
視線を天上から元のバルコニーに戻した。
そこでアンジェラは誰もいないと思っていたバルコニーに、もう一人の人物がいたことに気が付いた。
目を細めて、よく見えるように眺める。
そこには、薄茶色の髪を風に撫でられ、空を仰ぐ一人の男の姿があった………
スコール・レオンハート……
アンジェラは鼓動が一瞬大きく跳ぶのを感じた。
(今の流れ星、……レオンハート准将も見たのかしら?)
(『さっきの流れ星見ました?』なんて聞いちゃダメかな……?)
そんなことを思っていたが、スコールのいつもと違う気配に、アンジェラはそれ以上前に進むことが出来なかった。
あんなに寂しそうな瞳をする人は初めて見たから………
スコールの視線の先はずっと星空に向いていた。
蒼い瞳は、悲しい光を湛えていた。
まるで、月夜に狼が悲しい、悲しい…と遠吠えをするかのようだった。
アンジェラの鼓動がいつもと違うように動くのが感じられた。
戦士として憧れの人……
いつか彼に認められるようになりたい。
いや……
それだけではない。
あの悲しい瞳を見てしまったから。
(……どうしてそんな悲しい目をしているの?)
暫く見とれていた自分に、はっと気が付いて、アンジェラはその場を駆け出して行った。
鼓動が速くて、頬が熱い。
駆け出したせいじゃなくて――――――