ワッツとゾーンは、ティンバーとガルバディア国境付近の森の中で偶然出会い、スコールたちとデリングシティに向かった後、置いたままにしていた自分たちの列車を取りに向かった。
なぜこのようになったかと言えば、彼らは運送業を営んでおり、ガルバディアからティンバーへ紅茶を輸送する依頼がきたからであった。以前、レジスタンス活動のために使っていた列車は、ティンバーが独立した今は貨物を運ぶために使われるようになった。
ティンバーからガルバディアへ自前の列車で向かったものの、クーデターにより、線路が爆破されてしまい、デリングシティに車両を残さなければいけなかった。
紅茶は依頼通り運ばなければいけないので、彼らはデリングシティで車を借りてティンバーに運ぼうとしたのだ。
その途中で、偶然なのか、それとも誰かに仕組まれていたのか、スコールが率いる第16部隊と会ったのだ。
ティンバーの兵士がガルバディアに潜入するという事態において、二人が乗っていたレンタカーのような一般車は非常に都合が良い。
スコールはワッツとゾーンに運転させて、デリングシティに向かって行ったのであった。
◇ ◇ ◇
ワッツとゾーンはそのときデリングシティ駅の車両置き場にいた。
彼らの車両は一時は置き去りにされていたものの、運良くスクラップにされずに済んだ。
「どうやら、一般車両は通行可能になったみたいッスよ」
駅の事務室に、いつになったら通行出来るかを尋ねに行って帰ってきたワッツが言った。
「ふわあああああ~。やっと、通れるようになったか」
ゾーンはそのとき、車両の上で寝転んで眠っていた。
デリングシティは基本的に天気が悪い。曇りか雨が多いのだ。
しかし、今日は珍しく、いい天気であった。
ひさしぶりに浴びた太陽が気持ちよかったのだろう。
日光を目一杯浴びて、ワッツは横にしていた身体を起こした。
「でも、ティンバー方面に向かいたい車両が多過ぎて、順番待ちみたいッス」
ワッツもゾーンと同じく、列車の上によじ上って彼の隣に腰を下ろした。
「ふーん。ま、俺たちは急ぐ用は無いし、もう少しゆっくりしていこうぜ」
そう言いながら、ゾーンは横に持っていた雑誌『となりのカノジョ』をぺらぺらとめくって読み始めた。
「そうッスね。スコールさんにこき使われて、ずーっと運転してたから、疲れたっス」
「だよな。……いててて、思い出しただけでも腹が」
「ああいう人の元で働くって、大変なことッスよね」
ワッツは横になりながら言った。見上げると白い太陽の光、それと一匹のモンシロチョウがひらひらと彼の頭の上を舞っていた。
◇ ◇ ◇
一方スコールとジェイスを含む16部隊の兵士たちは、デリングシティ駅に到着した。
スコールは真っ先に駅の事務所に向かった。
このときには、全員ガルバディアの服を脱いで、普段服になっていた。
「ご用件は何でしょうか?」
受付の男は、かったるそうに答えた。
「フクロウ運送株式会社の車両を探しているのだが。ワッツとゾーンという男が乗っているはずだ。合流して、ティンバーに一緒に向かう予定なんだ」
「んーと、フクロウ運送さんね。ええと……」
男はぺらぺらと車両リストの紙をめくって、ワッツとゾーンが乗る車両がとまるエリアを探した。
「あー、はいはい、お探しの車両の置かれているエリアはD-3ですね。でもね、この順番だと、合流したとしても、出発までけっこう時間がかかりますよ。何しろ、つい先ほど線路が復旧したばかりですから」
何とかならないのか、急いでいるんだとスコールは男に訴えた。しかし、答えはノーであった。
「みなさん、順番で待っていますから」
男は車両場から、線路に連結部を指差した。
そこには線路に入る車両を管理する役割の男がゲートをボタンで開け閉めしていた。
こちらもかったるそうに、いかがわしそうな雑誌を片手にめくりながら退屈そうに仕事をしていた。
「………………」
スコールは少し不機嫌になりながらも、「わかった。ありがとう」と言って、足早にワッツとゾーンの車両へ向かった。
事情をワッツとゾーンに話して、一刻も早くティンバーに向かわなければ。
◇ ◇ ◇
ワッツとゾーンは相変わらず車両の上に寝転んで日向ぼっこをしていた。
ワッツは、指を太陽に向けて上げたところ、飛んでいたモンシロチョウがそこにとまった。
彼ははしゃぎながら、「ゾーン、これを見るっス!」とゾーンの注目を引こうとした。
ゾーンは「あ?うん」と面倒そうに一瞬ワッツの方を見たが、またすぐに『となりのカノジョ』に目線を戻した。
「スコールさんたち、大変な任務をまかされているみたいッスね。うまくいったんスかね?」
ワッツが尋ねた。
「あ?うーん、どうだろうなあ」
ゾーンは聞いているのか聞いていないのか分からないような返事をした。
「何か、スコールさん、また昔のように戻った感じがしたッス。森のフクロウにSeeDで派遣されたばかりの頃の」
「んー、どうだかなあ」
「なんだか人間味が感じられないと言うか。…………ホントはもっと柔らかい表情だったと思うッス」
「んー、そうだなあ。………ってお前な、そんなスコールのことばかり言っていると、そのうち化けて出てくるぞ」
「っひ!それは、勘弁して欲しいッス。あの人、人使い荒いから」
ワッツがそう言って、口を慌てて押さえた。
「…………休んでいるところ悪いんだが、もう一役買ってくれないか?」
そのとき、低い声が響いた。
* * *
「っひ!スコール!」
ワッツが驚いて飛び上がった。
「ほら言わんこっちゃない」
ゾーンは顔を手で覆った。
「よっ」と言いながら、ゾーンは『となりのカノジョ』を持って列車の上から飛び降りた。ワッツもそれに続いた。
なんとなく、ばつが悪くて、ゾーンは読んでいた雑誌を列車の横に積んである木箱の山に置いて、スコールの前に向かった。
「………で?どうしたんだ?」
ぼりぼりと頭を掻きながらスコールに尋ねた。
「もう面倒ごとに巻き込まれるのはご免だ」と言いたげな仕草だった。
「・・・・・・頼みがある」
スコールは真剣な表情で言った。
「急いでティンバーに向かいたいんだ。今は詳しいことは話せないが大至急だ」
ゾーンは困っていた。というのも、どの車両も順番を待って線路に入っているのだ。頼み事は聞いてやりたいのだが、大至急というのは無理がある。
「うーん、大至急と言っても、さっき線路は復旧したばかりだし。みんな順番で待っているんだよ」
ゾーンは腕を組みながら考えていた。
「そこを何とかしたい。………急がないと..........リノアが危ないんだ」
ゾーンは、はっとして、スコールの顔を見た。
スコールの蒼い瞳は、冷静を保ちながらも、その奥は熱くなっていた。
「………リノアが?今、ティンバーにいるのか?」
ゾーンはおそるおそる尋ねた。
スコールは黙って頷いた。
「………分かった。あんたの表情からすると、マジでやばいんだな」
「でも、あの管理所の男がゲートを開け閉めしているッス。あの列の車両が全部順番を待っているッスよ。俺たちの車両がいつになったら出発できるか………」
ワッツが困った顔をして言って、管理所とその後ろに続く車両の列を指差した。
「………それは、俺がどうにかしよう。早速、準備をして、いつでも出発できるようにしてくれ。多少の犠牲を払ってでも、一刻も早くティンバーに向かおう」
スコールは言った。
「分かった。よし、ワッツ、さっそく出発準備だ!」
「了解っス!」
二人は走って列車のエンジン部に向かって行った。
◇ ◇ ◇
ワッツとゾーンの手際の良さもあって、準備は素早く完了し、フクロウ運送株式会社の列車はいつでも出発できる状態であった。
ワッツが運転席のある先頭車両の小さな窓枠からひょっこりと顔を出した。
「スコールさん!こっちは準備OK!いつでも出発できるッス!」
スコールは何処からか戻ってきたところであった。
「ああ、こっちも準備OKだ。さっそく出発しよう」
そう言って、階段を使わず軽々と列車に飛び乗った。
スコールはゾーンとワッツがいる運転席に向かった。
「準備OKって言っても、順番を待たなければ、あのゲートを開いてくれないよな……」
ゾーンがもどかしそうに言った。
「その心配はない。前を見てみろ」
スコールは余裕の表情を浮かべた。
「あ!あの管理人、こっちを誘導しているッス!オレたちが先に行っていいみたいッスね!」
見ると、ゲートを開ける管理人が手で合図を送って誘導している。
「お、やったな!それじゃ、行くぜ!」
列車はゆっくり動きだし、ゲートへと向かって行った。
「みんな長いこと待ってるのに、なんだか悪い気もするなあ」
などとゾーンは言いながらも上機嫌であった。
「でも、一体どうやって割り込みさせてもらったんスか?」
ワッツが不思議そうにスコールに尋ねた。
「言っただろ?多少の犠牲を払ってでも向かうと」
スコールは冷静な表情のまま言った。
「?」
ワッツは不思議そうな顔をした。
ゲートが開き列車が管理所の横を通り過ぎようとした。
ゾーンが森のフクロウのリーダーらしく、元気よく言った。
「よーし!出発!…………って、あれ?」
「……?……ゾーン、どうしたッス?」
列車は徐々に加速して行った。
「あーーーーー!あれは!」
ゾーンは、運転席車両の小さな窓枠から身を乗り出した。
「オレの……本!!!」
ゾーンはこの目ではっきりと見た。
自分の持っていた雑誌『となりのカノジョ』が、確かに管理所でゲートを開け閉めする男の手に握られていることを。
「………スコールさん、まさか、『多少の犠牲』って……」
ワッツがトーンを落とした声で尋ねた。
列車はどんどん加速していく、そして、ゲートや管理所はだんだんと小さくなって行った。
そして、ゾーンのお気に入りの『となりのカノジョ』も。
(さよなら、オレのカノジョ………)
ゾーンは心の中でさよならを言った。
* * *
ジェイスを含む、第16部隊の兵士たちは、運転席の次の車両にある座席にいた。
国境付近の森からデリングシティへ、そしてまたティンバーと移動を繰り返して皆疲れが溜まっていた。
スコールが運転席に向かったまま、なかなか戻ってこない。
ジェイスはもう1人兵士を連れて、様子を見に行くことにした。
運転席に通じるドア前までやってきた。
「ああ~~~!クソッ!・・・・・・リノアのためだから、仕方ないとはいえ・・・・・・」
ドアの中から、ゾーンの大声が聞こえる。
ジェイスは驚いて、静かにドアを開けて、中の様子を伺った。
「目的を達成する為には合理的かつ効果的な判断をしたまでだ」
「だからって、勝手に渡すことないだろ~?「となりのカノジョ」は、もう手に入らないレアものなんだぜ」
ゾーンは俯いていた。
「・・・・・・もともとは、俺がタダで『貸して』やったものだが?」
スコールはしれっと言った。
「え?!くれたんじゃなくて?!」
「金額を請求しなかっただろ?」
「う…………そうだけど」
そこまでやり取りがあって、スコールは背後に気配を感じた。
「あの………レオンハート准将……」
ジェイスがなんともいえない面持ちで、ドアの前に立っていた。
スコールも微妙な空気を感じ取り、気を取り直した。
「・・・・・・後で今後の具体的な策を練る。座席で待機していてくれ」
スコールは軽く咳払いをして、ジェイスに指示を出した。
「まあまあ!でも、なんとか無事出発できて良かったじゃないッスか!」
ムードメーカーでもあるワッツがその場の空気を持ち直してくれた。
「それに、こんな話、リノアの前でしてたら、張り手じゃ済まされないっスよ!」
ワッツが言った。
「「…………………」」
スコールとゾーンはそれを想像していたのか、しばらく黙った。
「……それもそうだよな。無事ティンバーに辿り着くようにしなきゃな!」
ゾーンが軽く咳払いをして、気を持ち直してい言った。
スコールもしばし黙ったが、ジェイス達と共に座席に戻ることにした。
彼に続いていたジェイスは、彼の背中を見ながら、
ワッツやレオンハート准将を黙らせるなんて、リノアという女性は一体どんな女性なのだろうと、考えていた。
(めちゃくちゃ強くて怖い人なのか……?)
◇ ◇ ◇
それから、兵士が何人かで手分けして無線機を組み立て、いつでも連絡が入ってくるようにした。
スコールは早くティンバーに着かないかと、苛立ちをなんとか押さえながら待っていた。
「レオンハート准将!無線が入ってきました!ティンバーの……これは……どこからでしょう?」
兵士が声を上げてスコールを呼んだ。
ティンバーから、誰からか分からない電波が入ってきたすれば、それはガルバディアの諜報員のアーヴァインからだろう。スコールには容易に予想出来た。
「すぐに繋げるんだ」
スコールはそう言うと、無線機横のデスクに腰を掛け、無線機の受話器を取り上げた。
『スコール?やっと連絡がついた。けっこうティンバーに近づいてきたんだね。カーウェイ総帥から話は聞いた。首謀者はジョセフ・ロバートだったんだね。僕も今リノアを探してる』
「ああ、それで?」
『今日リノアはティンバー在住のガルバディア人コミュニティによるパーティに出席する予定だったんだ。場所はティンバーの市街地にある高級レストランさ。リノアはリムジンで行ったんだけど、それっきり行方は分からない。調べたけれど、その集まりが行われるはずだったレストランには今日はパーティの予定はなかった………』
「そうか………アレン・ロバートは?」
『アレンもリノアと一緒にリムジンに乗って行った………』
「そうか………」
『すっかりアレンのこと信頼していた。正直油断してた』
クーデターとは、本来ひとつとなるはずの組織が現政府派とクーデター派に分かれて争うことである。
だから、今まで仲間であった者同士が、敵対関係になることもある。
今まで仲間であると信じていた者が、実は敵であったということもある。
信じていた者に裏切られた時の苦しみは、やはり大きい。
スコールにはそれがよく分かった。
「気にするな。アーヴァインのせいではない」
『ああ、ありがとう』
それから、スコールはデリングシティで昨夜起こった出来事を全てアーヴァインに話した。
ジョセフ・ロバート邸に向かったこと。
しかし、ジョセフ・ロバートは影武者であったこと。
そして、その影武者は、魔女の力を匂わせる発言をしていたこと。
最後に、影武者はナムタルウトクに変身し、スコールたちを襲ってきたこと。
『ナムタルウトク?それは、ちょっとおかしいな』
なぜおかしいのか、スコールは理由を訊いた。
『ここだけの話、ガルバディアはモンスターを人間の姿に変える技術をずっと開発してきたんだ。でも、一度も成功したこと無い。諜報員の僕が言うことだから、間違いない。モンスターを人間の姿に変身させることが出来るのは、特別な魔法を使うことが出来る魔女か、あるいは高度で特殊な技術を持つ………』
「………エスタか」
スコールがアーヴァインが言わんとするところを得た。
『そう。エスタ、魔女………嫌な予感がするね』
「ああ。こっちはまだ列車の中だから、ティンバーに向かって行くことしかできない。もし、リノアの居場所が分かったら、直ぐに知らせてくれ」
『分かった。それじゃ、また』
そこで、無線は切れた。
「………………………」
スコールは眉間に皺を寄せ、反応の無くなった無線機を黙って見つめていた。