どうしてだろうか……?
功績、地位、名誉・・・・・・・・・
得るものは多いのに、
指の隙間から零れおちていくような ――――
だから、いつも中身が空っぽなんだ。
過去形なんてなりたくなかった。
リノア……
『永遠の花<第2章>』
もう時計はもう少しで今日の終わりを告げる。
スコールは書類仕事に区切りをつけ帰り支度を整えた。
本部のロビーを出ると、また朝の運転手が車のドアを開けて待っていた。
「……悪いな、こんな遅くまで」
スコールはシートに乗りながら言った。
「…とんでもございません。私、ティンバー軍幹部の運転手を35年間務めさせていただいてますが、たったの5年で将校になられるなんて。貴方のようなお方のお供が出来て光栄です」
運転手はそう言った。
スコールは黙ったまま、シートに身を預けた。
黒塗りのその車は、夜の静かな街を走った。
◇ ◇ ◇
車はティンバー市街地の中にそびえる立つ高層マンションの前に着いた。
スコールは車を降り、自分の部屋に入った。
スコール一人が暮らすには広すぎるこの部屋。
センスの良い、無駄のないシンプルな家具とインテリアが配置されている。
スコールは冷蔵庫から氷を出し、ウイスキーのロックグラスに適度に入れた。
琥珀色のウイスキーを注ぎ、右手にグラス、左手にもらった勲章を持ってテラスに出た。
このマンションのテラスからはティンバーの街並みが見下ろせる。
ティンバーの森の恵みを利用した木造の住宅が、ティンバーの伝統であったが、近年は鉄筋の高層マンションも目立つようになってきた。
スコールの住むマンションはその中でも最高クラスを誇る。
住んでいる者は若い企業家や世界的なデザイナー、アーティスト。
有名俳優まで住んでいるという噂もある。
それぞれの人間がそれぞれの野望を掲げ、やっと掴めた栄光の証の象徴であるかのようなこの部屋で、スコールが安らぎを感じたことは一度もない。
勝手に軍幹部から与えられ、セキュリティも利便も悪くない。
ただそれだけだ。
昔、リノアと過ごしたあのガーデンの小さな部屋が懐かしかった。
ウイスキーを喉に一口流し込み、握った勲章を目の前に掲げてみた。
凝った細かいデザインが施された星形の勲章にはティンバー軍のカラーである森のように深い緑色のリボンが付いている。
それは軍人として、確実に上へ昇りつめている証であった。
地位や名誉か……
そんなものあったってちっとも嬉しくなんかない。
あれは、自分がまだガーデンにいたころ……
スコールの記憶が呼び起こされる。
* * *
「スコール、もっと嬉しそうな顔しなよ~」
アーヴァインがテンガロンハットを右手の人差し指でクルクル回しながら言った。
SeeDランクが最上級のSランクを与えられたときのことだ。
「嬉しくないのかい?」
不思議そうにアーヴァインがスコールの顔をのぞき込む。
「……別に」
その無関心な反応を見て、ふぅーとアーヴァインは溜め息をついた。
「相変わらずだね、うちのリーダーは。リノアにも知らせてあげてよね。きっと喜ぶから」
そう言ってアーヴァインは「アディオス」とポーズをとって、去って行った。
(……なんでリノアが喜ぶんだ?)
眉間に皺を寄せ、スコールは自室へと向かった。
◇ ◇ ◇
「Sランク?!スゴイよ!!」
ぱっと華麗な花が咲いたような笑顔だった。
すごい、すごい、とリノアは何度も呟いていた。
スコールの部屋のベッドに座っているリノアをスコールは立ったまま眺めていた。
「随分嬉しそうだな……」
何故こんなに嬉しいのかわからなかった。
「当然よ。スコールにとっていいことはわたしにとっともいいことなの。スコールにとって嬉しいことはわたしにとっても嬉しいことなの」
笑いながらリノアは言った。
嬉しそうに話すリノアを見ながらスコールは思った。
(……なるほど、そういうことか)
リノアが嬉しそうだと自分まで嬉しくなる。
「じゃあリノアにとって嬉しいことは俺にとっても嬉しい……」
そう言って、彼女を抱き寄せ、軽く唇を重ねた。
* * *
……リノアがもしもここにいたなら、この勲章を見て喜ぶのだろうか。
そんな事を思い浮かべてしまった。
彼女の笑顔とともに。
こんな星がよく見える夜は、寂しさをいっそう引き立たせる。
彼女と出会った日も、今日のように星がたくさん散りばめられていたから。
「リノア……」
思わず呟いてしまった。
呼んだとしても、返事など返ってくるはずもないのに。