スコールは迷うことなくガンブレードの刃先を大統領に向けた。
相手が銃をもつ時間も、護衛兵を呼ぶ時間も与えなかった。
握った剣を一気に振り下ろし、リノアが繋がれていた鎖を断ち切る。
大統領官邸の一室に、張り裂けんばかりの緊張が走った。
スコールは刃先を大統領に向けたまま、リノアの手を掴むと、ぐっと自分の方に引き寄せる。
一切の隙を見せず、リノアの肩を抱きながらゆっくりと窓の方へ移動した。
外から、車のエンジン音が聞こえた。
スコールは、大統領と対峙したまま、リノアを自分の胸に包むような形に移動させ、背後にある窓ガラスをガンブレードで叩き割った。
破片が深紅の絨毯に飛び散り、太陽に反射され光っていた。
ガラスが割られたので、外にある車のエンジン音が鳴り響いた。
大統領に剣を向けたまま、リノアを片手で抱き寄せる。
そして、窓の縁に乗って、そのまま仰向けに倒れる形で、窓から飛び降りた。
「?!」
リノアと大統領は何がおこったのかわからなかった。
ここは大統領官邸の3階だ。
!!!!!!!
待っているのは「死」か「苦痛」かと覚悟を決めたが、
そこにあったのは、農業用トラックのホロの上であった。
「っ!!」
いくらクッション性のある、車のホロの上とはいえ、リノアを守るために、自分が下敷きになる形で三階から落ちたものであるから、スコールの背中に衝撃が走った。
それを、歯を食いしばって持ち堪える。
2人がしっかりと着地したことを確かめて、トラックは急発進した。
ここでゆっくりしてもいられない。
スコールはリノアを抱え起こして、車上から、助手席の窓に入るようにした。
カンッ!……カンッ!
リアバンパーに銃弾が撃ち込まれる。
大統領官邸から、憲兵車両が追ってくる。
スコールはリノアが戸惑いながら助手席に入る間、ピストルを取り出した。
身を限りなく低くして、引き金を引いて応戦する。
一発、憲兵車両のタイヤに命中した。
猛スピードで追ってくるその車両は、くるくると弧を描くように回転した。
街路灯や他の車両にぶつかる、鈍い金属音が響いた。
スコールはその隙に、助手席に潜り込んだ。
その時にも、車体に金属音が響いた。
すぐに、鉛の弾が、この農業用トラックに打ち込まれたのだ。
一向に追っ手の攻撃は緩まない。
ある程度、車道が直線になったところでスコールは言った。
「アーヴァイン、運転を替わろう。後ろからMP車両が……今のところ6台……追ってきている」
スコールはサイドミラーを確認して、追っ手の数を数えた。
「OK」
アーヴァインは、テガロンハットをくっと、深くかぶり直し、スコールと席を替わった。
アーヴァインは、ライフルを取り出して、助手席の窓から少し身を乗り出して、後ろから追ってくる車両に向けて発砲した。
ダンッ!・・・・・・ダンッ!
重厚な発砲音が響いた。
殺傷する、というよりも、いかに効率的に相手を止めるか、ということを優先して、アーヴァインの銃弾は撃ち込まれる。
追ってくる先頭の車両のタイヤを正確に撃ち抜きスピンさせた。
それにより、2台目、3台目は立ち往生した。
ここはティンバーの行政地区。
多くの人や車が行き交う。
街はパニックになった。
人々の叫び声や、鳴り止まないクラクションが響く。
混乱をすり抜けた残りの車両がしつこく追ってきた。
集中力を極限まで増量させたアーヴァインにとって、全ての物がスローモーションに見えるのであった。
追ってくる車両の前方にある、消火栓を適確に撃ち込んだ。
消火栓から勢いよく水柱が飛び出す。
MP車両はびしょ濡れになった。
そのとき、アーヴァインは低いビルの建設現場を見逃さなかった。
屋上の、砂礫が容れられている箱の取り出し口を撃った。
ビルの3階から、砂礫が落ちてくる。
街の人々は、咽せて、痛みに目を押さえた。
MP車両は例外、ということはなく、見事にその砂埃を被った。
そして、その車両は停まった。
先ほど、消火栓の水を車両全体に浴びてしまったため、砂礫が車体のみならず、前方のガラスにも張り付いてしまい、前が見えないのである。
ワイパーで取ろうとしても、粘り強くガラスに砂は張り付き、取れない。
道路には人々がパニックで行き交い、これでは前に進めない。
スコールたちの車は、そのままティンバーの市街地から郊外へ向かった。
* * *
スコールはアクセルを目一杯踏んで、トラックを走らせた。
(ラグナロクまで、もう少し・・・・・・)
セルフィがエスタからラグナロクを操縦して、スコールを送り届けてくれたわけだが、ラグナロクがティンバーの街に近づけば、人々はたちまちパニックを起こしてしまう。
そのため、ティンバーの街から離れた場所、ちょうど丘の陰になっているところに隠すように停めたのだ。
スコールは大統領官邸に潜入し、リノアを救出、そして、アーヴァインにはあらかじめ退路の確保を頼んだのだ。
「スコール、敵はもう追い払ったみたい」
トラックの荷台から銃を構えるアーヴァインが、エンジン音に負けないよう、声を張り上げた。
(あと少し・・・・・・)
荒野の中を、トラックが走り抜ける。
このトラックは、街の中で迫り来る追っ手から多少なりともダメージをくらっているようだった。
最後の丘・・・・・・
これを越えれば、ラグナロクが見えるはずだ。
急勾配をトラックは駆けていくが、だんだんと減速していく。
スコールは険しい表情でハンドルを握る。
!!!?
一瞬車が揺れて、動きが止まった。
後輪が溝にはまって、空回りになっている。
(クソッ・・・・・・)
スコールはアクセルペダルを踏むが、後輪タイヤが滑る音だけが聞こえた。
「リノア、もう少しだから・・・・・・歩いていけるか?」
スコールが助手席に座るリノアを見ると、彼女は何も言わずに頷いた。
スコールは先に車を降りて、助手席側のドアに回り、リノアの手をとって彼女が降りるのを手伝う。
足場はよくはないが、歩けないこともない。
この目の前の丘を越えれば―――目的地はすぐそこだ。
スコールは、リノアの手を引きながらその丘を登った。
アーヴァインは少し後ろからついてきている。後ろを振り返って追っ手が来てないかを確認している。
風が強い日だった。
時折吹く風が、スコールとリノアの髪を乱す。
リノアの息が上がる音が聞こえてきた。
スコールはリノアを引き上げるように、ひたすら丘を登った。
丘の頂の方角から、太陽が眩しく光を放っていた。
頂上までの距離を確認するスコールは、その眩しさに片目を瞑る。
目が慣れた頃、
視線の先―――――丘の頂上に、人影が現れた。
逆光で、顔は見えない。しかし、確かに誰かがそこにいた。
◇ ◇ ◇
「レオンハート准将・・・・・・」
ジェイスは丘の上に立っていた。
スコールは警戒して、リノアを自身の後ろに隠すように立たせる。
「ティンバー軍に身を置く以上、おれはあなたを通すわけにはいきません」
ジェイスは剣の鞘に手をかけた。
そして、勢いよく抜いて、構えた。
「覚悟はできているんだな・・・・・・」
スコールもガンブレードの柄を握り、引き抜いた。
二人の男が剣を構え、対峙している。
リノアはことの行方を、ただただ心配そうに見つめた。
どちらともなく、それぞれ剣を振りかぶった。
キンッ!と金属の擦れる音が響く。
ジェイスの瞳には覚悟が宿っていた。
しかし、分の悪いのはジェイスだった。
スコールの剣技には、とてもかなわないことは彼自身すぐにわかった。
それでも歯を食いしばりながら、剣の柄を握り、振りかぶった。
ガキンッ!!
特に鈍く大きな音がした。
ジェイスの持っている剣の柄が、彼の手から離れた。
剣はくるくると回転しながら宙を舞い、草の中に落ちた。
「・・・・・・っ!」
ジェイスは手にしびれを感じながら、衝撃で後ろに倒れ、尻が地面についた。
武器を失って、このまま殺されるのだろうか。
無論、覚悟はできている。不甲斐なさのため、自分自身に怒りに似た感情が沸き上がる。
ジェイスは、くっと歯を噛みしめ、相手を睨みつけた。
視線の先の人物は、いつもと変わらなかった。
海が近いことを表す、潮気を纏った強い風が、その男の薄茶色の髪を揺らしていた。
少し灰かかった蒼い瞳と自分の視線がぶつかった。
そこから、彼の表情を読み取ることはできない。
「・・・・・・・・・ティンバーのこと、任せたぞ」
スコールはそう言うと、リノアの肩に自分の手を添え、頂上から丘を下っていった。
下った先に待っていたのは、赤い竜のような巨大な機体であった。
ジェイスは、呆然とその場に座り込んだままだった。
最後、立ち去ったその男の蒼い瞳が一瞬、笑っているように、見えたのだ。
* * *
スコールとリノアは、ラグナロク機内から、遠ざかる大陸をただ見つめていた。
リノアの長く縁取られた睫毛は、不安からなのか揺れていた。
「リノア・・・・・・大丈夫だから」
スコールはそう言うと、彼女の肩に手を置き、引き寄せた。
しばらくそうして、再び身体を離した。
そして、彼は通信機を手にし、エスタに向けて発信する。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・俺だ。リノアを救出した。・・・・・・・・・キスティスとゼルには、ガルバディアからバラムへ1名、亡命できるよう手配してほしい」
キスティスはバラム・ガーデンで教員として残り、ゼルはバラム自衛軍に入隊した。バラムに暮らすこの二人にスコールは頼んだ。
「それと、エルオーネにかわってくれ・・・・・・」
「・・・・・・・・・エルオーネ、俺を過去に送ってほしい。過去と言っても、現在に一番近い過去だ」
◇ ◇ ◇
フューリー・カーウェイは、自身の部屋で、革張りの椅子に深く腰掛け、ただただ宙を見つめていた。
窓の外は暗いが、デリングシティの街の明かりが空を染め、夜の闇は紫がかっていた。
家の者にも、誰も近づけるな、と言ってある。
一人、呆然とたたずむには理由があった。
先ほど、彼のエージェントであるアーヴァインから、連絡が入ったのだ。
リノアは救出されたこと、安全の確保ができる場へ移動中であることが告げられたられ。
そして、ティンバー大統領に『魔女リノアがフューリー・カーウェイの家に身を潜んでいたこと』が知れていた。その報告を受けた。
「.........もはや、ここまでか」
カーウェイは、自身の部屋の革張りの椅子に、いっそう身を沈ませた。
魔女リノアを匿った者として、当然追及されるだろう。
自分を陥れようと、あらぬ疑いをかけられる可能性だって、十分ある。
(.....国家転覆の罪か、はたまた、魔女による征服の幇助の罪か............)
覚悟は出来ていた。
娘を守るためなら、どんな罰でも、受け入れよう。
それで済むのならいいが、自分の存在がかえって、娘の安全を脅かしたりはしないだろうか。
自分が人質になってしまい、リノアが不条理な要求を飲まざる得ないことにならないだろうか。
机の引き出しの奥に隠された、一丁の拳銃が脳裏にちらつく。
そのとき、地下水路へ通じる部屋の隠し扉となる石像が動いた。
?!
予期せぬ侵入者に、カーウェイの身体に緊張が走る。
机の引き出しに手をかかる。
「...........邪魔するぜ、大佐」
隠し扉から3人の人間が入ってきたのだ。
「いいや...........リノアの親父さんよお」
カーウェイは目を見張った。
言葉を放ったのは、金髪で額に傷のある男、そして傍には銀髪で目に眼帯をした女、もう一方は色黒の大男だ。
側から見たら極めて物騒な輩だ。
「..........私を、殺すか?」
カーウェイは苦みを含んだ笑みを浮かべた。
「いんや、あんたの国外への亡命を助けるよう依頼されてる。俺たちは、まあ何でも屋みたいなものさ」
「........何?」
カーウェイは予想外の言葉に顔をしかめた。
「そうだもんよ。いきなり、ス....」
「おーっと、依頼主は誰かは、言えねえな」
大男が言いかけた言葉に、短髪の男はかぶせた。
「サイファー、依頼主、伝言、有」
銀髪の女が言った。
「・・・・・・・・・そうだったな」
男はそう言うと、小さなメモを取り出し、銀髪の女に「読め」と、顎で促しながら渡した。
その女は渡された小さな紙切れの内容を読み上げた。
『リノアのことは任せてください。落ち着いたら、必ず、挨拶に伺います』
その伝言を残した依頼主のことはすぐにわかった。
「で、どうするんだい?大佐さん」
「オレ達について来るのか?」
カーウェイは、ふっと笑うかのように息を吐いた。
「ああ、ついて行こう」
「亡命先は、バラムでいいな?中立国だから、あんたも悪いようにはされないさ」
「頼むよ」
そのとき、少し開いたドアから、1匹の犬が入ってきた。
不在の主人を探すかのように、鼻を鳴らした。
「おまえもついて来るか?」
カーウェイは少し笑って言った。
「・・・・・・・・・チッ、犬は嫌いなんだよ・・・・・・まあ、仕方ねえな」
額に傷のある男は舌打ちをして、そう言い捨て、歩き出した。
カーウェイは犬を連れ、3人に続いて、水路は続く隠し扉の奥へと消えていった。