魔女アルティミシアを倒した後、スコール達を含む、バラム・ガーデンのSeeDは多忙な毎日を過ごした。
一度は滅びかけた世界に平和を取り戻すために、彼らは世界中を駆け廻った。
月の涙により、月から降りかかってきた凶悪なモンスターは人々の営みを怯えさせた。
政治は不安定になり、世界各地でテロやクーデターが起こった。
SeeDはその鎮圧のために世界各地から要請があった。
そしてもうひとつ、SeeDにとって重要な役割がある。
魔女リノアの監視と護衛だった。
魔女リノアの処遇関しては賛否両論ある。
魔女アルティミシアに操られていたとはいえ、彼女が結果的に魔女アデルを復活させてしまった。
アルティミシア自体、この世界に実体はなく、一般的には理解されがたい。
世界の、特にエスタの魔女アデルに対する嫌悪感・恐怖感はすさまじいものであった。
当時、エスタ国内には、魔女を封印すべきだという声が多く上がっていた。
魔女アデルのように暴走するかもしれないから、封印すべきだと主張する者。
魔女イデアのように政治を利用して、民衆を操らせようと、その魔女の力を狙う者。
もう魔女に関わるのはこりごりだと言って、魔女を邪険扱いする者。
魔女はいつの時代でも、人々のさまざまな思惑の中で苦しんだ。
大戦後しばらくして、バラム・ガーデンにて、各国の代表者が集まる会議が秘密裏で開かれた。
「世界秩序と各国の安全保障に関する会議」と謳われていたが、実際は「大戦後魔女リノアをどうするか」が取り決められた会議であったため、通称《魔女会議》と呼ばれた。
SeeDは、魔女を保護・監察する。もしも、魔女が人々に災いを振りまく、そのときは――――
SeeDが魔女を倒す。
リノアが悪の魔女ではなく、リノアがリノアであるために。
長い間デリング大統領の独立政権下にあったガルバディアは、しばらく大統領不在の時期があった。この時期のガルバディアをまとめあげたのは、フューリー・カーウェイであった。
彼は国内全軍の指揮をとるガルバディア軍総帥となった。
ガルバディアは魔女大戦の混乱期を経て、大統領制から議員制内閣に移行した。二度とデリングのような独裁者を出さないために。ティンバー独立後、誕生したガルバディアの首相は、お飾りに過ぎず、ガルバディアの最高権力者はカーウェイ総帥であった。
先の会議で、魔女リノアの処遇は世界の混乱が収まるまではバラムガーデンに保護、監視されるということになった。
各国は自国内の問題で手一杯になっていた。
そして、世界の混乱が収まりつつあるとき、再び、魔女の処遇について議論が飛び交ったのだ。
スコールが20歳の誕生日を迎えようとしている年であった。
2回目の《魔女会議》は混乱を極めた。
バラム政府が保護していた魔女リノアの受け入れを拒否したのだ。
『バラム公国は平和国家であり、国際的に中立的立場をとる。そのような国家において、人々の脅威の対象となる魔女を、これ以上受け入れることは出来ない』
これがバラム政府の見解だった。
魔女との戦いの後、世界情勢が安定するまでは、一時的に魔女を受け入れることを認めたが、世界情勢が安定した以上、魔女の受け入れを拒否をしはじめたのだ。
ガーデンとバラム政府の関係は、先の魔女大戦以降、悪化していた。
バラム政府としては、魔女とはもう二度と関わりたくないからだ。
ガーデンが魔女に関わったせいで、ガルバディアが報復としてミサイルを撃ち込んできたためだ。また、エルオーネという女性をバラム・ガーデンはひた隠しし続けたため、一時期はバラムの街がガルバディア軍に占領されていたからだ。
スコールのガーデン卒業を控える中、魔女リノアは世界で唯一の居場所を失おうとしていた。
果たして魔女の居場所はあるのだろうか……。
* * *
このころ、スコールの元には毎日、各国のから、卒業後の彼を招き入れる声があがっていた。
かの2大大国のエスタ、ガルバディアからもその誘いはあった。
世界中の軍幹部関係者達は、スコール・レオンハートはこの2大国のどちらかの軍に入隊するものだと考えていた。
しかし、彼はエスタとガルバディアをあっさりと蹴って、選らんだのはティンバーという独立してまもない小国だったのだ。なぜ彼がティンバーを選ぶことになったのかは、後に知ることになる。
◇ ◇ ◇
「…スコール、後で学園長室へ来てください。大切な話があります」
それは今からおよそ6年程前、スコールの卒業まで1年を切った頃、そのとき行われた《魔女会議》が終わった後のことだった。
シド学園長が重々しい顔で、静かに言った。
嫌な予感がした。しかも、その嫌な予感は予想出来る。そうなったら自分の中に静かに覚悟が沸き上がって来た。
自分はリノアと一緒にここを出なければいけない、という覚悟が。
学園長室のドアをノックして、部屋に入ると、シドは後ろに手を組ながら、窓の外を見ていて。学園長室はバラムガーデンの最上階にある。ここからは、青いバラムの海、透き通った空、眼下には和気あいあいと過ごすバラムガーデンの生徒たちが見える。
「……魔女会議で決まったことをお知らせします」
「リノアはバラムから出て行かなければなりません。もちろんガーデンからも……」
「……すみません。私も随分反対したのですが………力及ばず」
シドはスコールの方を向き俯きながら言った。
……やはり、そうだったか。
自分の予感は的中していた。
「学園長のせいではありません」
「……これからどうするのかも含め、リノアには君から話した方がいいでしょう……」
スコールは学園長室を後にしたあと、決意した。
(……………リノアと一緒にここを出よう……)
もう自分たちを守ってくれる場所はない。彼女とふたりで生きていくんだ、そう思ったのだ。
学園長室を出て、スコールは自室へ戻る途中、ある人物を見かけることにより、考え事をしていて眉間に寄った皺は更に深まった。
「よぉ!スコール!」
魔女会議にも出席していたエスタの大統領ラグナは、会議の後にガーデン内を少し散歩しようと思ったのか、道に迷ったとスコールには見える。
「いやー、会議が終わった後にガーデンの中を散歩しようと思ったらよー、迷っちまった」
頭を掻きながら、ラグナは言った。
(……やっぱり)
回りにはぽつぽつと生徒たちがいるが、まさかこんな怪しい男がエスタの大統領だとは誰も思っていないだろう。
これ以上、こんな怪しい男にガーデン内をウロウロされても困る、と思って、スコールはガーデンの正門にあるラグナロクのところまで送ることにした。
「わりぃなぁ、スコール」
(……まったく)
溜め息をつきつつ、スコールはラグナと肩を並べつつ歩き出した。
「………。」
「………。」
歩きながらしばらく無言が続いた。年中喋りたてるエスタ名物大統領のラグナにしては珍しかった。
やはり、魔女会議で下された結果のことがあるのだ。
「……その、すまないな」
ラグナが似合わず苦々しい笑みを浮かべながら言った。
「……どうして謝る?」
「いや、おまえたちの力になれなかったなーって思って」
「…謝る必要なんてないさ」
シド学園長と共に、ラグナはリノアのバラム追放に相当反対したらしかった。
シドにはバラムガーデンを守るという義務があり、ラグナにはエスタの国民を守るという義務がある。ふたりは義務と願望の板挟みになって、悩んだでだろう。スコールにもそれはよく理解出来た。
「俺だったら、魔女がほんとはこんな可愛い女の子だったら、絶対に魔女歓迎!!ってなるのになー。だけど、エスタは月の涙やら魔女アデルに支配されたときのトラウマ?ってやつか?魔女のことになるとすぐに目いるか?目くじら立てちまってよー。まだエスタにはすぐに封印封印って言うやつもいれば、魔女の力を狙って悪いことしようとするやつもいるんだ。エスタはまだリノアにとっては安全な国じゃないんだ。俺が頑張って、お前らがいつでもデートに遊びに来れるような国にするからよ」
「そうそう。デートで思い出した。エスタに最近新しいアミューズメントパーク?って言うのか?が出来てよー。そいつがなかなか面白いんだ。でかくて最新の遊園地と映画、ゲームセンターやカジノとショッピングモールが混ざった感じで……」
「…………(溜め息)」
ラグナロクに送るまで、一緒に歩いている間、ラグナはそのアミューズメントパークのジェットコースターがどうだとか、そのシアターで見た映画に出ていた女優がレインに少しだけ似ている気がするだとか、一方的にスコールに話していたが、スコールはそれを完全無視(…の割には良く聞いているが)して歩いていた。
◇ ◇ ◇
「……この前なエスタの街を歩いてたらよ、空から鳥のふんが落ちて来たんだ。…お前ならショックだろ?」
「………。」
「でも、俺はそんなにショックじゃなかったんだ。どうしてか分かるか?」
「………。」
「…あぁ、エスタもやっと鳥が空を飛ぶような街になったんだと実感出来たんだ。俺は鳥のふんを頭につけながらそう思ったんだ」
「………。」
「月の涙の後、俺はエスタの街を再建するときに、今度は緑いっぱいの街にしようと思ってたんだ。ウィンヒルみたいに鳥や花に囲まれた街をな……」
ラグナは優しい笑みを浮かべていた。きっと彼はウィンヒルの静かな情景を思い浮かべているのだろう。
ラグナが機体に乗り込むと、飛航艇ラグナロクは凄まじいジェット音を発して浮かび上がった。それは海へと向きを変え、飛んで行った。
スコールは赤い機体が見えなくなるまで見送った。
完全に赤い点が海に消えるのを確認して、スコールはガーデン正門を後にした。
……エスタにもリノアの居場所はない。
ガルバディアも、もちろん駄目だ。あの国は、テリング時代の魔女の支配から解放されてからまだ日が浅い。
眉間に皺を寄せ、自室に向かい歩いていると、スコールは聞き覚えのない声に呼びかけられた。
「スコール・レオンハート様でいらっしゃいますか?」
スコールは警戒しながら軽く頷いた。
その壮年の穏和そうな男は、地味ではあるが質の良さそうなスーツを着こなし、濃い緑色のネクタイをつけていた。一見気弱に見えるが、目元に刻まれた皺は、その経験の豊かさを刻んでいるようだった。
その瞳からは穏和だが、知性と冷静が伺える。
そして隙がない。
「私、こういう者でございます」
完璧な身のこなしで名刺を取り出して、スコールに差し出した。
(……ティンバー、ハワード大統領のエージェント?)
この男のどこか隙がなく完璧な訳が理解出来た。
「大切なお話があります。お時間よろしいでしょうか?」
今まで、スコールの元に「是非我が軍へ」と訪れる軍幹部はいたが、大統領から直々にアクションがあるのは初めてのことだった。
軍幹部の訪問は、SeeDの任務で丁重に断るときもあるが、会ったとしても「考えさせてください」の一点張りだった。
リノアの処遇が決まるまで、自分の行き先を決めることは出来なかった。
とりあえず、この大統領エージェントと話をするにはここは場所が悪い。
ここはガーデンの生徒が行き来する廊下だったから。
スコールはそのエージェントをSeeD専用の応接室に案内することにした。
◇ ◇ ◇
SeeD専用応接室は、クライアントとの打ち合わせや、来客を招くときに使われる部屋だ。シンプルではあるが、品の良いソファーやテーブル、キャビネットが揃えられ、キャビネットにはバラム独特の青色染料を使った陶磁器がセンス並べられている。
ここなら、部屋の中にいる者について、他の者に情報が漏れることはなかった。
スコールはこの応接室にエージェントを案内した。
男にはソファーに座ってもらい、自分はコーヒーでも用意しようとした、そんなスコールを察してか、
「…大統領からの伝言を伝えさせていただけたら、すぐに失礼いたしますので、どうぞお構いなく」
と言った。
やはり鋭い観察眼をもった男であった。
スコールは、このエージェントにテーブル越しに向き合う形にソファーに腰を下ろした。
「さっそく大統領からの伝言を伝えさせていただきます。閣下は貴方と直々にお話がしたいとおっしゃっております。よろしければ今日から一週間後の夜20時、バラムホテルへお越し下さい。閣下はそこへお泊まりですから」
「用件は以上ですので、私はこれで失礼させていただきます……一週間後、宜しければお越し下さい」
男は頭を下げ、ドアを丁寧に閉めて出ていった。
(ティンバー……か)
アルティミシアとの戦いの後、デリング政権は完全に倒れた。
その後のガルバディアは混乱を極めた。現在、ガルバディアは大統領制から議会制へ移行しつつある。この中で、実質的な実権を握るのは、フューリー・カーウェイだ。現在ガルバディア軍の総帥だ。
彼は軍事的戦略だけでなく、政治的戦略にも長けていた。デリングの残党を政財界から追い出し、民主的な政策をとろうとした。そしてカーウェイ彼はティンバーを解放した。
占領から20年の時を経て、ティンバーは独立したのだ。
ティンバーという国は、森に囲まれた小さな国であるが、資源が豊富である。その豊かな資源がある故にガルバディアに植民されたのだ。
この国には植民地時代より、レジスタンス活動が活発である。解放されて、新しくティンバーを建て直そうと、それぞれの正義とするものを抱え、レジスタンスは活動している。
中にはガルバディアに復讐をと、過激なレジスタンスもいる。
豊富な資源に加え、鉄道の整備にかけては世界有数で、バラムにもガルバディアにもつながる交通網の要として機能している。
スコールはSeeD専用の応接室を後にして、自分の部屋に足早に向かった。
何故か一刻も早くリノアに会いたかった。
リノアの今後が不安である分、自分こそがしっかりしようと思っていた。
日々の任務に加え、魔女会議、卒業後の進路についてで、精神的にも疲れているのかもしれない。
どんどん、部屋へ向かう足が速くなる。
ときどき、無性に不安になるのだ。
自分の部屋に帰って、ドアを開けても、リノアはいないのではないか?
もう「おかえり」と言って微笑む彼女はいなくなってしまうのではないか?
やっと部屋に辿り着き、またそんなことを考えてしまった自分をフッと自嘲して、スコールはドアに手を掛けた。
「おかえりなさい」
本を読んでいたリノアは、立ち上がりスコールに抱き着いた。
顔をスコールの胸に埋めたリノアは、その温もりを確かめると顔を上げた。
「ただいま」
額に軽くキスをする。
「スコール、身体が熱いね。どうしたの?急いで来たの?」
確かに、いつの間に足早になってしまったせいで、気付いたころには暑くなっていた。
「………いや、なんでもない」
リノアから離れると、スコールは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し飲んだ。
リノアに魔女会議のことを伝えようとしたが、うまくタイミングを掴めないでいた。
いつもよりぎこちないスコールにリノアはすぐに気が付いた。
「どうしたの…?スコール?……何かあった?」
心配そうに、眉をひそめて、スコールを見つめるリノア。
優しいリノア。
どうしてこんなに優しい彼女を世界は虐げるのだろう。
スコールは思わずリノアを抱き締めた。力強く。
「……スコール?」
急な出来事にリノアは困惑している。
細い身体。
こんな身体に本当に巨大な力を宿しているのだろうか。
形のよい唇。
この唇のどこから、恐ろしい呪文が発せられるのか。
黒耀石のつぶらな瞳は心配そうにスコールを見つめる。
イデア、アデル、アルティミシア、かつて人々を恐れさせた魔女達は冷たく妖しい目をしていた。
この黒く潤んだ優しい眼差しが、どうやったら人々に悪意を向けるのだろう。
「………リノア。よく聞いてくれ………」
リノアをいっそう強く抱き締めて、スコールは言った。
「俺と一緒に……ここを出よう………」
リノアは突然のスコールの発言に驚いて目を見開かせた。
そのとき、リノアの瞳は一瞬悲しみの光を宿していた。
いや、悲しみというよりも、むしろ諦めだったのかもしれない。
魔女と騎士という過酷な運命への諦めだったのかもしれない。