「魔女を受け入れる…だと?」
ハワード大統領は眉を訝しげ傾げた。
その表情は、出来れば今の言葉は聞き間違いであって欲しいと願うかのような表情だった。
彼の脳裏には、魔女イデアとその騎士を名乗る男が織り成した悪い夢が浮かび上がったのかもしれない。
「君は、この約20年もの間、魔女が人間たちに何をしてきたのか知っているだろう?」
ハワードは少し苛立った様子で言った。それくらいスコールの言ったことは、彼にとって拍子抜けだったのだろう。
この20年間もの間、魔女が人間に行ってきたことは、人間達の記録と記憶に大きく爪痕を残した。
初めは魔女アデルによるエスタの支配。魔女アデルの後継者探しと呼ばれ、世界中の多くの少女たちが突如消えるという事件は、世界を震撼させた。
そして魔女イデア。彼女はガルバディア国民を憎しみと暴力へと狂わせた。彼女のガルバディアの凱旋前の演説はあまりにも有名である。
そして、その演説中にガルバディア終身大統領のテリングは殺害された。
その後、ガルバディアはイデアが中心になって国を動かした。
まず、ミサイルでトラビアガーデンとバラムガーデンに攻撃をした。バラムガーデンはその攻撃を回避できたが。トラビアガーデンは破壊され、現在も復興がすすんでいる。
そして、ガルバディアはエルオーネという女性を血眼で探し、そのためバラムの街を占拠したり、F.Hを焼き払う手前まで追い込んだ。
ガルバディアガーデンを乗っ取り、バラムガーデンと全面対決したわけだが、スコールたちによって魔女イデアは倒された。
20年間の間に主に歴史に出てきた魔女はアデルとイデア、この2人である。
そしてこれらの魔女の力を継承した女性が存在するはずであるが、消息は不明となっている。
世間一般的には。
しかし、世界のごく限られた人だけが、現在の魔女の居場所を知っている。
「まったく……バラム・ガーデンの人間が考えていることが分からない」
ハワード大統領は息を大きく吐いてつぶやいた。
「あの大戦が終わってしばらくした後、戦後初めての《魔女会議》が行われた。……場所はバラム・ガーデンだったな」
大統領はそこまで言うと、雨が打ち付けるガラス窓にもたれかかった。
「魔女の処遇を決めるとき、君たちバラム・ガーデンの人間は、魔女は自分達で保護すると言い出した。……どの国だって、魔女を自分の国に押し付けられたくない。そう考えていたのだから良かったが、『保護する』と言い出したのだから驚いた。SeeDは魔女を倒すものであり、ガーデンはSeeDを育てる所なのだろう?」
「『保護』というのが引っかかった。なぜ『封印』ではないのか。もう二度とあのような惨事が起こらないよう魔女を封印することが必要ではないのか?」
「各国が反対する中、エスタとガルバディアだけが賛成した。これも不可解な出来事だ」
当時、エスタの大統領はラグナ・レウァール、ガルバディアの大統領はデリングの死後不在だったため、実質実権を握っていたのは、早くから魔女討伐を計画し、失敗をしたものの遂行しようとしたフューリー・カーウェイ総帥であった。
「両国とも、一度は魔女の支配下になった国だからな……」
大統領は煙草に火を付けた。ここからが話の核心と言わんばかりに。
「……まったく、一体、魔女に何を吹き込まれた?……魔女は人の心を魅了し、操る力があるらしいな。……ガルバディアの魔女のパレードだって、正気の沙汰ではなかっただろう」
(……人の心を魅了、か………)
(……確かにそうかもしれない)
自分も彼女の魔法に掛かったようなものだ。
スコールは心の中で自嘲気味に少し笑った。
しかし、それは「魔女」ではなく「彼女」によって掛けられた魔法だった。
「大統領は、どういうとき魔女が暴走するのかご存知でしょうか?」
スコールはここで口を開いた。
大統領はいきなりの質問に肩をすくめて、知らないというサインを見せた。
「いや……魔女のことは君の方が詳しいだろうな」
「……魔女は元々普通の女性です。普通の精神状態なら、暴走することはない。……しかし、精神が不安定なときとなると違ってくる……」
「現在の魔女は、居場所を失われつつあります」
先日の魔女会議で、魔女リノアはバラムから追放されるという決定が下された。
今後、魔女リノアの処遇をどうすべきか、結論が出ていない。
エスタの科学技術を使って施設に封印か、それとも世界の果てにある海洋調査人工島にて監視か・・・・・・
どちらの方法も、エスタとガルバディアの代表は猛反対していた。
「……自分の場所を追われて、まともな精神でいられる人間はいるでしょうか?」
「彼女の精神を安定させるために、たいそうなものは必要有りません。普通の人間と同じように生活出来ればいいのです。………暴走しなければ、普通の人間と変わりありませんから………」
「………自分はSeeDになってから世界中を回っていました」
「エスタ、ガルバディアのような大国に興味はありません。両国共に、月の涙、魔女政権によって被った被害は大きい。軍隊は今後ますます縮小傾向になるでしょう」
「ドールも、魔女政権時にガルバディアに占領されたこともあって国力は非常に弱い。軍隊はあるものの、神聖ドール帝国の時代から続く爵位制度により、軍隊でのし上がるには難しい。実力よりも生まれた家柄と政治の力が必要な国です」
「自分は孤児院で育ち、その後バラム・ガーデンにはいりました。ドールでやってけるような家柄もありませんし、政治も興味ありません。」
「閣下のおっしゃる通り、最前線で部隊を指揮するような……そういうタイプの人間なのでしょう」
「………SeeDだった自分には、普通の軍人になるのは、若干退屈なようです」
スコールは立ち上がり、不適な笑みを浮かべ、大統領の顔を伺った。
「ティンバーは森に囲まれた美しい国です。……資源も豊富だ。だからガルバディアに狙われました」
「でも、これからは違います。……資源は豊富であり、産業は発達してきている」
「しかし、力が弱い」
スコールは立ち上がって、大統領の目をじっと見た。
スコールの瞳に濁りはなく、真摯にこちらを真っ直ぐ見ている。
こうゆう目をした青年を久しぶりに見た、大統領はそう思った。
「植民地であったため、国際的発言力は弱く、軍力も弱くなってしまった……」
「魔女はある意味で切札になります。強力なカードです」
「魔女を受け入れた国となれば、各国のティンバーに対する視線も変わってくるでしょう……」
「ティンバー軍は、……10年…いや、7年あれば、自分が必ず強力な軍隊にしてみせます……」
「頼もしいな」
大統領は煙草の煙を吐いて続けた。
「先ほど、君は孤児院育ちだと言ったな。名家でもないし誇る家柄もないというわけだ。・・・・・・わたしも下級兵士の父親の家に生まれた。……だから、何の頼りもなく、自分の力だけでここまでのし上がってきた君のそういうところを高く評価しているのだ」
「……生まれや血など関係ない。要は己の実力なのだ」
大統領の右手に持つ煙草が、少し震えていた。
「……閣下のお考えになるところに通じるものがあるようです」
スコールは大統領の顔を見たまま、彼に近づいていった。
「……そのようだな。君はやはり、自分の信念を貫き、のし上がる人間だ」
スコールは口を開いた。
「……ティンバーならばそれがきっと出来るでしょう。………どの国よりも豊かで、どの国よりも強い国に……」
二人の男は、更に強くなった雨の音が打ち付ける窓ガラスに並んだ。
夜の闇の中に、鋭い雷が走った。
「………魔女というジョーカーに、君と言うA(エース)まで付いてくる。………なかなかの発想だ」
大統領は笑いながら言った。
「しかし、こういう場合はどうする?……最悪の想定だ」
大統領は煙草を持った指をスコールに突き出した。
「……魔女が暴走するという想定だ」
スコールは、真っ直ぐ大統領の瞳を捉えた。
再び夜空に雷の閃光が走った。
「そのときは……」
「……自分が魔女を……倒します」
続いて、轟音が鳴り響いた。
そして、ふたりは固い握手を交わした。