「ふう」
明日から自分は父親と一緒にティンバーへ発つ。
ここはデリングシティの通称「役所地区」の一画にあるカーウェイ邸である。
荷物をまとめて一段落したところで、リノアは一つ溜め息をついた。
ティンバー……
しばらく訪れていない地であった。
かつてはそこで、森のフクロウの仲間達と、ティンバー独立という夢のために、ひたむきに走り続けた日々がそこにあった。
(明日の午前の便でガルバディアを出発して、向こうに着くのはおそらく夕方……。ホテルに泊まって次の日、お父さんは独立記念式典に出て、わたしはその間はフリー。式典の後のパーティに出席して、次の日の午後に帰るのよね……)
頭の中でスケジュールを確認する。
図書館も休みをとってある。
館長もリノアの事情を知っているので、問題なく休みを取ることができた。
父の話によると、独立する前の荒れたようすはかなりなくなり、ティンバーの治安は確実に回復しているらしい。
それに、アーヴァインも付いて来てくれる。
彼は思いやりのある人だから、ガルバディアに来て心細かったリノアをずっと見守り、ときに助けてくれた。
でも…………
ティンバーに行ったら「あの人」に会ってしまわないだろうか?
そんな疑問が過ると、胸が詰まる思いがした。
その不安をあるとき、アーヴァインに打ち明けた。
『ねえ、アーヴァイン。……ティンバーに………あの人はいるんだよね?』
図書館での勤務の昼休み、アーヴァインがやって来たのだった。
敷地内の噴水前のベンチに二人は座っていた。
アーヴァインは急な質問に少し驚いた様子であったが、すぐに落ち着いた表情になり、優しく微笑んだ。
『大丈夫さ。パーティの参加者名簿にはなかったよ。………それに、もし仮に参加するとしても、彼にとっては仕事だよ』
アーヴァインはリノアが今どんな気持ちなのかを察していたので、優しく言い聞かせた。
「………………」
リノアはそれでも不安だった。
彼に偶然会ってしまうかもしれないという不安よりかは、ティンバーに行ったら彼のことで頭が一杯になってしまうかもしれないという不安の方が大きかった。
「………リノア。僕たちはあれから大人になった。………僕は何も訊かないけれど、随分時間が経ったんだ。…………不安とか、疑問とかは…時間が解決してくれることもあるんだ。……だから、君は……今は自分をしっかり保てば大丈夫さ」
アーヴァインは蒼い瞳でリノアを見つめた。
どうして自分がガーデンを出るとき、スコールと一緒にティンバーに行かなかったのかをアーヴァインは知らない。
訊いてくることもなかった。
ただ彼は、こうして自分を見守り、時に助けてくれていたのだ。
「うん……そうだよね。ありがとう、アーヴァイン」
リノアはそう言うと立ち上がった。
腕時計で時間を確認して、バックを肩にかけた。
「もう行くね」と言って、リノアはベンチから図書館の方へ去って行った。
◇ ◇ ◇
(大丈夫だよ、リノア。みんな、もう子供じゃないんだ)
アーヴァインは去って行くリノアの背中に心の中で声をかけた。
(……僕らは、あのころより大人になった。……いろんな意味で強くなった)
思い悩んだり、考えたりすることすらなくなってきてしまった。
自分が魔女イデアを撃つとき、その銃を握る手は震えていた。
自分の育ての親を撃つことがどういうことなのか、自分が今何をしようとしているのか、それを考えるだけで頭は混乱した。
誰が敵で誰が見方なのかも分からない。
果たして自分のしたことが正しいのかどうかも分からない。
何が正義で何がそうでないのかも分からない。
そんな中で自分たちは、思い悩み、苦しんだ。
そこで出た結論は、ただ闘って前に進むしかないということだった。
今ではその思い悩み、苦しむこともなくなってしまった。
それはある意味で残念なことなのかもしれないけれど、迷いがなくなったということは、それだけ成長したのだとアーヴァインは思いたい。
(……それは、あんたも同じだろう?スコール)
アーヴァインは、数日前に再会を果たした、額に傷のある男に記憶を向かわせた。
* * *
これは、リノアがアーヴァインに、ティンバーへ行くことの不安を打ち明けた日の数日前のことであった。
スコール・レオンハートはそのとき、執務室にいた。
先日の過激派レジスタンス制圧作戦についての報告書をまとめていたところであった。
最後にサインを施し、万年筆を置いた。
トントン………
そのとき、ドアをノックする音がした。
専属秘書のフェイが一礼して部屋の中に入って来た。
「レオンハート准将、受付より連絡がありまして、ガルバディアよりアーヴァイン・キニアス様がお越しです。お通ししてよろしいでしょうか?」
スコールは懐かしい名前と、意外な訪問者に少し眉を傾げた。
「通してくれ」
それだけ言うとスコールはまた書類に目を落とした。
しばらくすると、ノックの音がして返事をすると、ドアからダークスーツに身を纏った長身長髪の男が姿を現した。
「久しぶり~」
片手を挙げて、親しげな笑顔を向けてこちらいた。
スコールはそれを一瞥して、「ああ」とだけ告げると、再び書類に目を落とす。
「相変わらずなんだから~」
アーヴァインはやれやれと言ったようすで身をすくめた。
アーヴァイン・キニアス。射撃の名手。
ガルバディア・ガーデンに所属していたが、魔女暗殺計画遂行のためにバラム・ガーデンSeeDであったスコール達と行動を共にする。戦いが終わった後、彼はバラム・ガーデンのSeeDになり、そこへ身を置く。ガーデン卒業後はガルバディア入隊し、今はガルバディア軍フューリー・カーウェイ総帥のエージェントである。
(………このタイミングで来るということは………)
スコールは持っていた書類をテーブルに置いて、すうっと目を細めた。
「………デリング派らしき人間は、今度のティンバー独立記念パーティの名簿には載っていなかった」
「さすが!勘が鋭いんだから~。僕が知りたかったことはそれだよ」
アーヴァインはぱちんと指を鳴らした。
デリング派という派閥の定義は難しい。なぜならデリングという人間はすでに死亡しているから。
ビンザー・デリング元大統領の思想を受け継いだ派閥である。「強いガルバディア」を掲げ、ティンバー独立にも反対していた。しかし、フューリー・カーウェイにより、ティンバー独立は実現したわけであるが。
ガルバディア国内にも、カーウェイの方針に不満を持っている者も多い。
第二次魔女大戦の後、ガルバディアの国力はかなり落ちてしまったからだ。
それなのに、ティンバーを独立させたり、他国と友好的な関係を築こうと、低姿勢を貫いている。
過激な政治思想をもつだけならいいのだが、隠密行動により国家転覆、政権剥奪を狙っているので、ガルバディア軍も監視の目を厳しくしているのだ。
ガルバディア軍総帥のエージェントになったアーヴァインは、諜報部員の役割も担っていた。
彼がここを訪れるということは、今ガルバディアが手を焼いているデリング派の動きについて情報を欲しがっているのだろうと、スコールには大方予想がついた。
彼はスコールの机に腰を掛け、長い足を組んだ。
無断で人のデスクにどかんと座られたことに、スコールは多少不快感を伴わせたが、特に何も言うことなく再び書類を取った。
「来月のティンバー独立記念式典・パーティーで、デリング派が動きそうにないならいいんだけど、最近デリング派は外部と連絡して不審な動きを謀っているんだ」
アーヴァインが話している間もスコールは一向に書類から目を離さない。
「うちの諜報部が、デリング派の人間がティンバー向けに電波通信を発していたことを突き止めたんだ。暗号化されているから、内容と誰に向けていたのかはまだ調査中なんだけど」
スコールはそれを聞くと、書類の束の端をとんとんとそろえて、机の傍らに置いた。
「確かにガルバディアとティンバーの政府の人間は電波通信を使って連絡を取り合っているが・・・・・・」
そう言ってアーヴァインを仰ぎ見た。
スコールがやっと話にくいついたことを、待ってましたと言わんばかりにアーヴァインはにやりと微笑んだ。
「ガルバディアからの発信は、デリング派の・・・・・・それも政府関係者の可能性が高い。政府関係者しか入れない施設から発信されていた。解析途中だけど、ティンバーへの受信先はどうも政府の人間じゃないらしくて………一般人に向けているらしい」
(政府の人間じゃないとなると………)
スコールは思い当たるふしがあるようで、眉間のしわをぐっと深く刻んだ。
(ガルバディアからの通信を受けることができる一般人・・・・・ティンバー軍や政府とは違うのならば・・・・・・
通信先はティンバーのレジスタンスか?)
「……わかった。こちらでもレジスタンス含め、民間人の動きを洗い直してみる」
それだけ言うと、万年筆に手を伸ばした。
「理解の早いリーダーで助かるよ~。こっちも出来る限り協力するから、よろしくね~」
そう言ってアーヴァインは、腰をかけていたデスクから降りて別れを告げる身振りをして、ドアノブに手をかけた。
「あ、スコール」
なんだ?とスコールは彼を見た。
「今日の夜空いていない?久しぶりなんだから、一杯やろうよ」
そう言って、グラスで酒を飲む手振りを施した。
「わかった。終わったら連絡する……」
アーヴァインは頷いてその部屋を後にした。
訪問者のいなくなった部屋にはスコールだけが取り残された。
(………デリング派………相変わらず油断ならない………)
デリング派はティンバーを占領下に納めただけあって、ティンバー国からすれば天敵とも言える存在であった。
しかし、もしも本当にそのデリング派とティンバーの人間が手を組んでいるとなれば…………話はややこしくなる。
スコールは一つ溜め息をつくと、再び書類にサインをする作業に戻った。
* * *
日が完全に落ち、夜が深まる頃であった。
スコールは、ふうと一息ついて、今日整理した書類を手で揃える。彼は、アーヴァインの訪問以降ずっと執務室に籠っていた。
完全に整頓された机を確認し、デスクの受話器を取る。そして、彼の専属運転手に「今日は自分の足で帰る」と告げた。
それから、ティンバー軍の情報部に他国からティンバーへの情報通信の履歴をリストアップするように命じた。
時計は午後8時を回っていた。
今日はこれで区切りをつけようと、黒のコートに手をかけた。
アーヴァインとはティンバーの市街地にあるバーで待ち合わせすることになっていた。
ティンバー総本部の前でタクシーを1台拾い、約束していた店まで向かうことにした。
* * *
店は静かで品が良い雰囲気を漂わせていた。
雰囲気がいいだけあって、カップル客が多かったが、先に来ていたアーヴァインは店のカウンターの奥で1人のワインを飲んでいた。スコールの姿に気がつき「こっち」と手を上げてみせた。
スコールは軍服からスーツに着替えていた。こういったプライベートな空間に軍服で立ち入ることは少し憚れる。
彼はアーヴァインの隣の椅子に近づいた。
ウイスキーのロックを頼んで、脱いだコートを店員に預け、椅子に腰を下ろした。
女性客たちが突如現れた秀麗な男に熱っぽい視線を注ぐ。
彼はそれに気を向けることなく、出されたロックグラスの液体を一口喉に流し込んだ。
「忙しそうだね」
アーヴァインはそう言ってグラスに口を添えた。
「まあな」
スコールはそれだけ言うとロックグラスを、木質のカウンターに置いた。
二人の間にしばしの沈黙が流れた。
かつては一緒に戦った仲間であったが、今は立場が違う人間同士であった。
昔のようにまったく同じようにお互い向き合うことは許されなかった。
「……その、元気にしているか?」
意外にもその沈黙を破ったのはスコールの方であった。
「僕?僕は見ての通りだよ~」
そう言ってアーヴァインは手を広げてみせた。
「いや、……そうじゃなくて」
スコールはロックグラスを再び手に取って一口飲んだ。
スコールはSeeD時代から、任務のときはあんなに的確に指示をしていくのに、個人的なことになると、曖昧で言葉足らずであった。
アーヴァインは彼の意図を察してか、俯いて手に持ったグラスに目を落としているスコールに気づかれないよう、にやりと笑った。
(リノアのこと、気にしているんだな、スコールは)
「元気だよ。・・・・・・友達もいるし、みんなとうまくやってる」
表情を戻し、スコールに彼女の現状をうまく伝えるべく言った。
「………そうか」
スコールはそれだけ呟いた。
元気ならそれでいい。
みんなとうまくやっているのならばそれでいい。
彼女のことだから、その笑顔で周囲の人間を明るく照らし、みんなに大切にされているだろう。
アーヴァインからの報告に安心する反面、かつてはその笑顔を自分にも向けられていたことを思うと、なんとも言えない気持ちになった。
リノアとあの日、バラム駅で別れた後、自分1人でティンバーへやってきた。その時、彼女がどこへ行ってしまったのか、わからなかった。
しばらく経って、各国の上層部に、魔女リノアがエスタとガルバディアの提携により、海洋探査人工島ーー通称「大海のよどみ」で監視されていることを知らされた。そのとき、心臓が冷たくなったのを覚えている。居場所を追われた彼女は、ついに世界の果ての忘れ去られた地に閉じ込められ、人々にその存在を消し去られようとしているのだと。
これは何かの間違いだと思った。
すぐにエスタの大統領官邸に連絡し、その真意を確かめた。
受け答えに応じたのは大統領補佐官のキロスで、魔女リノアが海洋探査人工島にいるというのは「表向きの情報」だと言った。
『リノアはガルバディアの父上の元にいる』
キロスはそれだけ言った。
もう少し話を聞いてみると、フューリー・カーウェイ氏の娘として、暮らしているようだ。
魔女リノアは海洋探査人工島で監視され、かつて自分に「リノア・ハーティリー」と名乗ったティンバーの女性は、魔女戦乱の中で命を落としたことになっていたようだ。
リノア・ハーティリーという女性はこの世から存在をなくした。
そして、かつて自分が守ると誓った存在は、今はガルバディアに身を寄せている。
スコールは氷が解けて少し薄まったウイスキーを全部喉に流し込んだ。
その見事な飲みっぷりにアーヴァインは目をぱちくりと瞬かせた。
「飲むね~。ひょっとして、気になってる?」
スコールはその視線に冷徹な眼差しを向ける。
「男はいつまでたっても昔の相手のことを忘れられないって言うからね~」
にやにやとしたままアーヴァインは言った。
そんな俗説に沿って自分が勝手に解釈されるのは嫌であった。
「また余計な詮索をすると………」
そして、アーヴァインに冷たい視線を向ける。
「あとでどうなるか、分かっているだろうな………」
その視線に背中が冷たくなった。
「じょ、冗談冗談~」
慌ててアーヴァインは訂正した。
ガーデンにいたころ、リノアとスコールのことを、セルフィとこの男はしきりに首を突っ込んで来た。そこに自称スコール研究家を名乗るキスティスも加わったものだからややこしいものだ。ゼルは興味津々で飛び乗っていた。
リノアは彼らの作意に鈍感で、スコールがそれに気づくと立場は逆転して、アーヴァインなんかはかなり痛い目に遭わされた。
そんな日々を思い出したせいか、アーヴァインとのやり取りにスコールの心が少し解れた。
彼らはフッと互いに控えめに吹き出して、それぞれが持っていた飲み物を手にした。
立場は違えど、一緒に過ごした日々で築いた絆は断たれることがない。
それを再び確認できたような気がして、二人の間には懐かしさと親しみの空気が流れた。
それから、二人は懐かしいガーデンにいたころの思い出話に花を咲かせた。
そんな話を始めたら、話題に尽きることはない。
売り切れになる前にパンを買うべく、ゼルがTボードで食堂に突っ走り、「SeeDは他の生徒の手本になるように!!」とヤマザキという教師にこっぴどく叱られたこと。
戦いの後ガーデンが落ち着きを取り戻し、学園祭実行委員のセルフィが立ち上げたバンドを、リノアとふたり、会場の片隅に寄り添いながらその音に耳を傾けたこと。
スコールに習ってカードゲームを始めたリノアが、ガーデン生に負けて、ほとんどのカードを奪われたと彼に泣きついたこと。
それに対し、仕返しと言わんばかりにスコールは彼らにゲームを挑み、全てのカードを取り戻したこと。
「スコールったら、ホント容赦無かったよね~」
酒も回ってアーヴァインは上機嫌な様子で言った。
「……当然だ。カードと言えども、勝負には全力で臨むのが礼儀だろう……(……とは言っても、あれでも手加減したんだがな)」
スコールはグラスを持ったまま言った。
その真面目な受け答えが可笑しくて、アーヴァインは吹き出した。
「彼ら泣きそうになってたもん。せっかく集めたカードが全部スコールに奪われてさ~」
彼らの悲痛な表情を思い浮かべて、アーヴァインはさらに笑った。
アーヴァインはスコールの顔をちらっと伺う。彼が幾分か穏やかな表情をしていることにアーヴァインは安心した。
どうしてリノアが彼の元を去ったのか、その理由をアーヴァインには知らない。
無理に引き離されたならば、スコールのことだからきっと連れ戻しに行っただろうが、彼はそうしていない。
それがリノアとスコールの決めたことならば、自分にそれをとやかく言う権利はない。
権利なんて言葉を使うと、冷たいような感じがするけれども、子どもだったあの頃とは違うのだ。
ただその状況を受け入れ、見守るのも、仲間としてあるべき姿であるとアーヴァインは思った。
時間が彼らをひとまわり成熟させた―――ただそれだけであった。
「………にしても、スコールも大人になったよね~」
アーヴァンは、先ほどからこちらに熱い視線を送ってくる、他のテーブルにいる若い女性客をちらりと見た。
「は?」
突然の話題にスコールは眉を傾げる。それに、アーヴァインのどこか上から物言い仕草が気に入らない。
「………卒業してから、5年も経つんだ。年くらい取るだろ……」
ごもっともな答えにアーヴァインは「やれやれ変わっていないな」と呆れた仕草を見せた。
調子を崩さないスコールに対し、酒のせいで少し大胆になったアーヴァインは、彼にもう少し揺さぶりをかけてやろうかと思った。
「スコール、恋人はいるの~?」
スコールはガーデンにいた頃は、この手の質問にはこちらが斬られんばかりのオーラを発していたのだが、今の彼はその頃よりもずっと冷静になっていた。
「……あんたには関係ない」
「ふ~ん」
予想通りの回答にアーヴァインはワイングラスを回した。
「リノアはモテるね~。ガーデンにいた頃は、キミがいたから、みんな怖じ気づいていたけれども、あれじゃ周りが放っとかないよ~。大人っぽくなったし、なんか、こう……大人の女性の色気って言うのかなあ~」
アーヴァインが、自分の知らないリノアの姿を思い浮かべているようすにスコールの中に不快感が伴った。
リノアの周りの男たちが彼女にそんな視線を向けていることを想像すると、さらに不快感が増す。
「リノア」という言葉を聞いて、スコールの眉がぴくっと動いたことをアーヴァインは逃さなかった。
(お!くいついてる~)
「僕は仕事柄、彼女の職場にはちょくちょく顔を出すんだけど、うーん、あれじゃあ親父さんも心配だよね~」
スコールの更なる反応を期待していたものの、予想外にも彼は冷静であった。
「そうか……。いずれにしても、元気にしているのならば問題ないだろ」
スコールはもう一口、グラスを口に運んだ。
「………確かに、リノアとは付き合いが長かったからな......気にならないわけではないが.........今は普通に暮らしているんだろう?だったらいいじゃないか。いろいろ事情あるだろうけど、応援する」
アーヴァインは目を丸くした。
スコールがこんなに自分の気持ちを正直に話すようになるなんて。しかも、あっさり身を引いている。
一体どういう風の吹き回し……?
ガーデンにいた頃なら、自分の気持ちを隠すべく冷たい言葉を言ったかもしれない。
その心を閉ざして、言葉を塞いだかもしれない。
しかし彼は違っていた。
やはり彼は大人になったのだ。
時間という魔法が、僕らを大人にした。
それだけのことであった。
* * *
時は数日経って、ティンバーへ向かう当日。
特別車両に乗り込むために、リノア達はデリングシティの駅のホームにいた。
父親は既に車両に乗り込んでいる。車内で打ち合わせをするらしい。
リノアはトレンチコートを来て、旅行鞄を提げていた。
「リノアさん、僕も同行させていただきます」
どこからか駆け寄って来たアレンがはつらつとした表情でリノアに向かって言った。
「ええ、よろしくお願いします」
リノアはそれだけ言って、少し微笑んだ。
「そろそろ乗ろうか」
アーヴァインはリノアの旅行鞄を持ち、車内へと案内した。
シュー……
独特な機械音と、蒸気の出る音が発せられた。
この列車は大陸横断鉄道。
これに乗ればデリングシティから、ドール、ティンバー、果ては海の向こうのバラムの間を行き来できる。
この鉄道に乗るのは久しぶりだった。
リノアは特別車両のボックスのソファー席に座っている。
窓辺に身を寄せて、移り変わりゆく景色をぼんやりと眺めていた。
この列車に乗ったことは数回しかない。
子供の頃は、学校の長期休暇にドールへ足を何度か赴いた。
16歳のとき、デリングシティの家を飛び出して、少しでも遠くに……とひたすら自由を求めてこの列車に乗った。
17歳のとき、大統領暗殺に失敗し、街ではレジスタンス狩りが起こってティンバーを脱出したとき、スコール達と一緒にこの列車に乗った。
そして、最後に乗ったのは5年前………
何も考えず、気付けばこの列車に乗って、バラムから発つデリングシティ行きの列車に乗っていた。
今自分が乗っている豪華な作りの特別車両ではない。
5年前ーーー
ずっと握りしめていたせいで皺だらけになった一般車両のチケットを手に納め、こうしてただ変わりゆく景色を一人眺めていた。