目醒めの森 第２話
ここは森のフクロウのアジト、作戦会議室である。
とは言っても、雑多としており、お世辞にも綺麗にされているとは言い難い。半分物置き場のような部屋だ。
ゾーン、ワッツ、SeeD達、そしてリノアが、部屋の真ん中に置かれたテーブルを囲む。
部屋の奥に位置する場所に立っていたスコールは、テーブルにガルバディア大陸の地図を広げた。
「次の目標は、ガルバディア軍の補給を一時的に断つことだ。ロラパルーザ渓谷には、二つの鉄橋がある。ガルバディアと行き来するには、このどちらかを通るしかない。この鉄橋を爆破する。完全に破壊するのは難しい。一時的に使用できないようにするんだ。これによって、カーウェイ総帥のティンバー訪問も遅らせることができるだろう」
「そして、鉄道が復旧する前に、常駐軍の幕営地を叩く。ガルバディア本土からの応援が来る前にな」
市街地の常駐部隊掃討作戦以来の大掛かりな作戦に、スコール以外の全員が息を呑んだ。
そして、彼は地図の上に1枚の写真を放り投げた。
「ナビル・シルベウス将軍。ティンバー常駐軍を指揮している」
写真の中の壮年の男は、軍人として成り上がってきた貫禄も見受けられるが、その瞳からは狡猾さが滲み出ていた。
「こいつ、嫌いっス！ティンバーで、ねちっこ〜い、レジスタンス狩りを指示してくる奴っス！」
「この男を恨む人間はティンバーには大勢いるぜ。なんつったって、18年間ティンバー市民を苦しませてきたやつだからな！」
ゾーンが皮肉混じりの笑みを浮かべ、歯を噛み締めながら言った。
息巻く2人を諌めるようにスコールは話を続けた。
「ティンバー市民の恨みを買ってるなら、なおさら好都合だ。ティンバーで何をされたとしても、ガルバディア本国のやつらだって、承知済みだ」
「だが、できれば生捕りにしたい。カーウェイ総帥がティンバーに来る目的を、やつを通して聞き出したい。それに、今、ガルバディアD地区収容所に捕らえられているレジスタンスたちがいる。その捕虜交換の材料にも使える」
スコールの言葉に、目を輝かせたのはゾーン、ワッツ、リノアだった。
ゾーンが胸に手を当て言った。
「捕まった仲間を、見捨てるなんてできない。なんとしても、そいつを使って捕まった仲間を取り返したい」
彼の言葉にスコールは黙って頷いた。
「ただ、シルベウスを生捕りにするには、人数が足りない。だから、レジスタンスの力を借りたい。あんたたち、できるか？」
ゾーンとワッツは大きく頷いた。
「バトルは無理だけど機械の扱いならまかせてくれ」
ゾーンは片手で親指を突き立てサインをしてみせた。
それを確認して、スコールは立ち上がった。
「それでは、決まりだ。準備開始としよう。詳細は追って指示する」
「了解！」
その場にいた、スコールを除く全員の声が小さな会議室で重なり響いた。
＊ ＊ ＊
一方、デリングシティ、ガルバディア軍総本部。
重厚な石造りの建物は、その歴史が古いことを示す。正面からその建物を見上げると、整然と横一列に飾られたガルバディア国旗が風にはためき、荘厳という言葉がふさわしい。
この一室で、フューリー・カーウェイは、執務室の椅子に腰を下ろし、先ほど渡された報告書を険しい表情で読んでいた。
そこには、ティンバー市街地に駐在するガルバディア軍の損失が記されていた。
レポートを持ってきた兵士は言った。
「早くもレジスタンス達は結束しはじめています。どうやら、レジスタンスに紛れてSeeDが動いているようです」
カーウェイは苦い顔をした。
(SeeDか......厄介だな)
魔女の支配が終わり、ガルバディアが混乱期を迎えた頃からティンバーでは独立の機運が高まってきたものの、決定的な打撃をガルバディアに与えたわけではない。レジスタンスたちは、数こそは多いもの、戦闘が得意と言えるわけだはなく、それぞれが連携せず動いていた。彼らはガルバディアの武力を前にして塵に等しい。
しかし、彼らが「武力」をもつとしたら、話は別だ。
さらに、戦闘のプロであるSeeDはレジスタンスに入れ知恵するに違いない。それぞれがより効率的にのり機能的に動くように。
兵士はカーウェイの思索が途切れるタイミングを伺い、言い加えた。
「ティンバー駅に設置したカメラに、バラムからの乗客が映っていました。写真をご覧になりますか？」
「ああ」
カーウェイは、部下から写真の束を受け取る。
黙って写真をめくっていく。
どれもさほど目を引くものではない。
旅行者か、商人か、およそそういう類だろう。
しかししばらく写真をめくっていると、見覚えのある顔が現れたので、そこで手を止めた。
写真の中に姿を現したのはーーーー
顔に刺青を入れた金髪の少年。
外にはねた茶色の髪が特徴の小柄な少女。
金髪の長い髪をまとめ、赤い服を纏う長身の女性。
テンガロンハットを被り、コートを着た男。
かつて、自分が魔女暗殺計画を依頼した相手だ。
次の写真にも、また見覚えのある顔が写っていた。
額に傷のある、青色の目をした男。
『俺たちは今回の任務が終わったら契約通りリノアの傭兵に戻ります。事情はわかりませんがその時は邪魔しないでください』
かつて彼が言った言葉を思い出し、カーウェイは苦笑した。
(なるほどな。魔女退治から通常任務に戻ったわけだ)
昨日までの依頼主が、今日の敵。
特殊な訓練を受けてきたあの少年たちなら、そんなこと造作もないだろう。
そして、また一枚写真をめくった。
その写真の中に映る人物に、カーウェイは愕然とする。
黒い髪をなびかせた、母親ゆずりの顔立ちーーーー
我が娘がそこにいたのだ。
その写真では、2人の男と手を取り合い泣き笑いともいえるような表情を浮かべていた。
「ご苦労。下がっていいぞ」
傍らで様子を伺う兵士に向かってカーウェイはそれだけ告げた。
「はっ」と威勢の良い返事と共に敬礼して、兵士は部屋を出て行った。
彼以外誰もいなくなった部屋でカーウェイは溜息をついた。くるりと革張りの椅子を回転させ、デスクに背を向ける。そして、何かを考えながら握った写真をしばらく眺めていた。
《目醒めの森 第3話》に続く