スコール達はラーナに案内され、少女達が連れて行かれた倉庫に辿り着いた。
倉庫内の中央には、少女達を乗せてきたであろうトラックが停められている。
中には、解かれたロープがそのままになっていた。
スコール達は手分けして倉庫内を探索した。
リノアの行き先の手がかりとなるものを見つけるために。
「おい!ちょっと、こっち来てくれ!」
ゼルが倉庫2階から呼んだ。
呼ばれた全員はゼルの元へ駆け寄る。
そこにいたのは、少女達を誘拐したレジスタンスの男達だった。
全員、一カ所に集められ、後ろ手にロープで縛られ、足も結ばれている。
その部屋に入った途端に、ラーナは悲鳴を堪えるように口元を押さえる。
男達に連れ去られたときの恐怖がよみがえったのだろう。
「この人たちだわ・・・・・・私たちをここまで連れてきたのは!」
スコールの瞳は、冷ややかであったが、その奥は激しく燃えていた。
そして、低くうなるような声で、その場にいたSeeD達に告げた。
「ゾーンとワッツ、ラーナを倉庫の外に出せ」
* * *
「っぐ!あああっ・・・・・・!」
苦痛に顔を歪ませる男の声が、倉庫2階の一室に響いた。
「ちょっと・・・・・・」
思わずキスティスの声が漏れる。
スコールは拘束されていた男達を締め上げていた。
「お、おい・・・・・・その辺にしておけって・・・・・・・・・」
ゼルが青ざめながらスコールを制する。
「おまえら、一般人だからこれくらいで済むんだ。そうでなかったら――――」
そう言ってスコールは男の腕を後ろ手にして締め上げた。男は痛みに悶絶していた。
それでもスコールの表情は一切変わらない。彼の瞳は無機質で、海の底のように冷たかった。
スコールの指示通り、ゾーン、ワッツ、ラーナには、倉庫の外で待っている。
その場にいたゼル、セルフィ、キスティス、アーヴァインは、リノアに手出しした者がどうなるのか、スコール―――魔女の騎士の狂気を垣間見た。
「待ってくれ!全部話す!話すから!!」
男の顔は恐怖で歪んでいることがスコールにはわかった。
許さない。
リノアが味わった恐怖に比べればこれくらい・・・・・・
「もう止せって!・・・・」
アーヴァインがスコールの肩を掴み、止めに入った。ここで、ようやくスコールも冷静になれた。
痛みから解放された男は、その場にうつぶせに倒れた。息を整えながら話し始めた。
「シルベウスだ・・・・・・っ。ガルバディア駐在軍の将軍・・・・・・。前からヤツには世話になってたんだ。この国の一部レジスタンスは、ヤツに取り入って甘い汁を吸っていた。本当だ・・・・・・。リノアというレジスタンス活動をしている16、17歳の娘を連れてくれば、独立も夢じゃないって。それぐらい価値があるんだと聞かされた・・・・・・」
それを聞いて、スコールは吐き捨てるように言った。
「・・・・・・宗主国に取り入って、独立だと?レジスタンスが・・・・・・聞いて呆れるな」
床に伏せたまま、男は顔を歪ませた。
「なんとでも言えよ。あんたたちが思っているよりも、この国はバラバラなんだ・・・・・・」
「でも・・・・・・・そうでもしないと・・・・・・実際、シルベウスが行ったレジスタンス狩りで、家族や仲間が捕まったヤツも多い。常駐軍はそれを逆手にとって、脅してきたんだ」
男達を締め上げる様子を見せたくなくてゾーン、ワッツ、ラーナには外にいてもらったわけだが、彼らがここにいなくてよかったと、その場にいたSeeD達はつくづく思った。
同じように独立を目指すレジスタンスの中には裏切り者―――ガルバディアに取り入っている者がいることを、本気で独立に向けて行動している彼らには知らせたくなかった。
「で、あんたたちを拘束した2人の襲撃者ってのは誰なんだ?」
「わからない」
男の言葉にスコールは険しい表情をして、倒れた男に近づく。
それだけで男は身体を震わせた。
「本当に・・・っ!・・・知らないんだ!信じてくれ・・・っ!」
「・・・・・・むしろ、あんたたちの仲間じゃないのか?あの娘と知り合いだったように見えたが・・・・・・」
(リノアと・・・・・・知り合い?)
スコールの沈黙を打ち破るかのように、男はおそるおそる尋ねた。
「・・・・・・なあ、あんたたち、これからおれたちをどうするつもりだ?」
スコールは無表情で答えた。
「どうするもなにも、別に・・・・・・。このままにしておく」
その返答に男達の顔が青ざめた。
「待ってくれ!このままにされたら、シルベウスに、おれたち全員消されちまう!」
必死の命乞いにも、スコールはあくまで冷淡に応える。
「俺たちは雇われの身だ。契約に関係ないことはしない」
「そんな・・・・・・っ!」
男達の絶望する表情を、スコール以外のメンバーは複雑な面持ちで見ていた。
そのとき、場違いなほど呑気な声が響いた。
「あーあー、いつまでたっても戻ってこねえから、来てみたけれど・・・・・・」
「何やってんスか?」
ゾーンとワッツが、スコール達と拘束された男達がいる部屋にやってきた。
「あー、おまえたちな。ティンバーの自警団のところで預かってもらう。ティンバーの女の子達を誘拐した犯人だから、取り調べを受けてもらうからな!ちゃんと答えるんだぞ」
ゾーンの言葉に、男達の目は歓喜で潤んだ。
「もちろんさ!」
「な、これでいいだろ?」
ゾーンは、にかっと笑ってスコールを見た。
「勝手にしろ」
スコールは不機嫌に目を逸らした。
森のフクロウはスコールにとって依頼主だ。SeeDである限り依頼主の言うことは絶対なのだ。
こうなった以上、スコールが意見することは何もない。
* * *
しばらくして、少女達を連れ去ったレジスタンスの男達は、倉庫に到着したティンバー自警団に連れられていった。
スコール達は已然、リノアの行き先の手がかりとなるものを探していた。
それと同時に、SeeD達はリノアを連れ去った者が誰であるのかを考えていた。
リノアと知り合い。
たった2人で武装した複数人の男達を制圧する。
拘束された男のロープを見ると、訓練されたかなりの手練れだろう。
倉庫内を探索している途中、ゼルは様子をうかがうようにスコールに話しかけた。
「なあ、スコール。おれ、考えたんだけど・・・・・・リノアを連れて行った2人組って、もしかして・・・・・・おれたちと同じSeeDなんじゃねえのか」
「・・・・・・かもな」
スコールは積み上げられて通路を塞いでいた段ボールを乱暴になぎ払って応えた。
「・・・・・・・・・どうするんだ?」
おそるおそるゼルは尋ねた。
「・・・・・・・どうするって・・・・・・俺はリノアを取り返したい。相手が誰であれ、対立したら戦う・・・・・・それだけだ」
スコールは何の迷いもなく言った。リノアのこととなるとスコールは一切迷わないのだと、ゼルは思った。しかし、ゼル自身は複雑な思いでいた。自分が言い出したことであるが、間違いであってほしいと願った。
重い空気の中に、無邪気な声が響いた。セルフィが開いたドアから頭を出して現れた。
「ねえ~、スコール。ラーナが呼んでるよ~。思い出したことがあるって~」
* * *
ラーナは工場のゲート前にいた。
スコール達SeeDメンバーは、ラーナの元に集まった。
「あのね・・・・・・リノアに助けてもらった後、私たちみんな、とにかくここから街の方をめざして歩いたの」
工場地帯からティンバー市街地へは一本道がのびていた。
疲弊した少女達は自力で街をめざし、それぞれの場所に帰っていったようだ。
「でも、私、やっぱりリノアのことが心配で、歩いている途中、一度振り返ったの」
「そのとき、車が一台、北の方に向かっていくのを見たわ」
その証言にSeeDメンバーは一同目を見開く。
「ただ、それだけ。もしかしたら関係ないかもしれないけれど・・・・・・」
ラーナは気まずそうに言った。
スコールはすぐにセルフィに目を向けた。
「セルフィ、地図を・・・・・・」
「は~い」
セルフィは、さっとティンバーの地図を広げた。
「ここから北・・・・・・ドール方面か・・・・・・すぐに出発しよう」
スコールの言葉に皆が頷いた。
ラーナは少女達を捕らえたレジスタンスの男達を連行するためにやってきたティンバー自警団と共に市街地へ帰ることになった。
そして、ゾーンとワッツは頑なに「自分たちもリノアを助けに行く」と言い出した。
ゾーンは真剣な表情でスコールに言った。
「あんたたちSeeDが作戦でいない間にリノアはいなくなった。オレたちが守ってやらなきゃいけなかったのに。だから、オレたちもいく」
「行くなら車で行った方がいいっス。運転ならおれたちに任せるッスよ」
そうだ、リノアを取り返したいと思うのは自分だけではないのだ。
リノアを守れなかった不甲斐なさ、後悔の念を感じるというのは痛いほどわかる。
「わかった」
スコールはそれだけ言って、車両の方へ向かった。
* * *
リノアはオフロード車両の後部座席に座って揺れていた。
「ねえ、どこに向かってるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ハンドルを握っているニーダも、助手席に座っているシュウも答えない。
「・・・・・・あとどれくらいで着きそうなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
再び返ってくる沈黙に、リノアはため息をついた。
わかっている。SeeDというものが目的達成のためなら決して妥協しないということを。
そして、自分にはわからない規律の下に動いていることを。
リノアはあきらめたように黙って、唇を尖らせた。
(・・・・・・なんでもいいから、早く会いたいよ。スコール・・・・・・)
リノアは膝を抱え、俯いた。
* * *
いつのまにかリノアは眠ってしまって、車が止まったときには、シュウに肩を揺すられ起こされた。
車を下りるように促され、外に出るとそこは切り立つ崖の下であった。
「ついてきて」とシュウに言われ、リノアは彼らの後を追う。
崖の元に古びたドアがある。その先は、人が1人、2人ほど通れる洞窟になっていた。
シュウはライトをつけて先を進む。ニーダも同じくライトをつけて、リノアの足下を照らしてくれた。
向かった先は上に続く巨大な空洞だった。
闇に慣れた目を凝らして見ると、空洞の中央には滑車やコンベアが備えられた機械が並ぶ。
「かつては炭鉱だったそうだ。現在は封鎖されているが」
シュウが、湿った地面に靴で音を鳴らしながら言った。
その空洞には、内円をなぞるように、螺旋状に階段が上に伸びている。
3人はその階段を一歩ずつ登り始めた。
その暗い空間には、階段を踏み上がる音と、湿った空気の中に水滴がどこからか落ちる音、そしてグラッドなのかコウモリなのかわからない何かが羽ばたく音だけが響いた。
最後の一段の先には、再びドアが現れた。
シュウはそれを慎重に開け、後ろに続く2人にも中に入るよう促した。
ドアの先は、建物内部だった。
シュウはランプを見つけ、明かりを灯した。
オレンジ色の光が木板で打ち付けられた壁を照らす。
この部屋は炭鉱の管理と休憩場所を兼ねていたのだろうか。書庫やさまざまな計器と共に、テーブルや椅子が並んでいた。簡易コンロの上には古びたケトルのさびがしばらく人が入っていないことを感じさせた。
テーブルの新聞はどれも古いもので黄ばんでいた。しかし、テーブルの横の段ボールは、真新しく見えた。
シュウは手際よくその段ボールを開け、中の物を取り出した。
中にはパンや缶詰、飲み水、燃料、毛布など生活に最低限必要な物が入っていた。
「今日はここで一泊する。リノアはあのベッドを使って」
シュウはそう言って、休憩用の小さなベッドを指さした。その後、彼女はニーダの方を向いた。
「わたしとニーダは交代で休息し、周囲を警戒する。あと10分経ったら、私がクライアントに定時連絡を入れる」
ニーダは「了解」と言って、毛布を取り出しリノアに手渡した。
不安そうにリノアは頷いてそれを受け取った。
その晩、リノアはシュウから飲み水のペットボトル、パン、缶詰を受け取り食べた。
夜も更けた頃、ベッドに横たわったがなかなか眠ることができなかった。
思考が次々浮かび上がる。
昨日父親が言っていたことが気がかりだった。
―――魔女の処遇を決める会議。
(わたし、封印されちゃうのかな。・・・・・・どこかに閉じ込められちゃうのかな)
恐ろしいことばかり思い浮かんでしまう。
リノアは毛布を頭までかぶった。
(スコールと・・・・・・みんなと離ればなれになっちゃうの?)
そこで、自分の思考を払い落とすかのように頭を横に振った。
(ううん・・・・・・・・・そんなことない。スコールが・・・・・・ガーデンのみんながきっと助けてくれる)
リノアは彼女の大好きな人たちの顔を思い浮かべた。
スコール。一緒に戦った仲間―――ゼル、セルフィ、キスティス、アーヴァイン。
バラム・ガーデンのSeeD達―――アルティミシアの戦いから戻ったあと、迎え入れてくれた。
自分が魔女であることを知っている人たちだ。
アンジェロにも会いたい。
(早く、迎えに来てよ・・・・・・スコール)
* * *
翌朝、シュウはしきりに時計を気にしていた。
その様子をベッドに腰掛けたまま見ていたリノアは「次の目的地に移動するのだろう」と悟った。
(こんなに移動を繰り返して、スコールと合流できるのかな?)
単純な疑問だが、彼女が一番知りたいことだった。
「ねえ、スコールはいつ会えるかな?」
リノアはニーダに尋ねる。
その質問にニーダは予想以上に戸惑ってしまった。
(リノア・・・・・・俺たちがスコールの仲間だと思ってるんだ)
それはひどく胸が痛んだ。
本当のことを知ってしまったとき、彼女はどんな表情をするだろう。
ニーダ達SeeDは、流れの中で敵だとか味方だとかそういったものは簡単に変わってしまう、そう教えられてきた。
辛いことではあるけれど、それを覚悟してやっている。
(でも・・・・・・リノアは俺たちみたいな『特別製』じゃないんだ。普通の女の子だ)
それなのに魔女になってしまって、仲間と思っている人に裏切られ、父親の命令で連れてこられ、さらには恋人とも引き裂かれようとしている。
良心と任務を遂行することへの忠実が彼の中でせめぎ合っていた。
こんなことSeeDであるかぎり、起こりうることなのに。
不思議だが、リノアを前にすると冷静な判断ができなくなる気がした。彼女の前だとSeeDという鎧を剥がされてしまう、そんな感覚だ。
リノア自身が、ニーダたちのことをSeeDとみなす依然に『仲間』として見ているからだろう。彼女があまりにも真っ直ぐに、取り繕うことなくぶつかってくるから、こちらも真正面から向き合わざるを得なくなる。
シュウも同じ気持ちなのだろう。
ここで、シュウがゆっくりと口を開いた。
「いつまでも黙っているわけにもいかないし、ここから先に進むにはキミの協力もある程度必要だ。だから正直に言うよ」
ニーダは事の成り行きを黙って見届ける。
「キミは、これから私たちと一緒にガルバディアに帰る」
「え?」とリノアは小さく聞き返した。そして、次に言葉の意味を理解したのか、彼女の顔色は変わった。ベッドから勢いよく立ち上がり、シュウの正面に立つ。
「いやよ!わたしは帰らないわ!ここから出して!」
ニーダもシュウも黙ったままだった。
そして、リノアは何かに気づいた様子で、その後キッとシュウを睨んだ。
「あなたたち、わたしを助けにきたっていうのは嘘ね」
こんなことを企む人物は一人しかいない。
「あの男.......わたしの父の命令ね..........」
リノアは奥歯を噛み唸るように言った。
2人は黙った。
その沈黙が何よりも答えを示していた。
リノアは拳をぎゅっと握って、声を張り上げた。
「じゃあ、あの男は・・・・・・あなたたちとスコールたちが戦うことになるかもしれないって知っていて命令したの?!」
「そういうことだね」
シュウが無表情で言い、視線を逸らした。
リノアは自分の身体が一気に熱くなるのを感じた。怒りで言葉が出てこない。
そんな彼女を宥めるように、シュウは冷静な声で言った。
「でも、大丈夫だ」
ニーダがゆっくり頷いた。
「僕たち、覚悟はできている」
その言葉にリノアは声を震わせた。
「そんなの・・・おかしいよ!・・・・・・一緒に戦ってきた仲間じゃない!?」
シュウ、ニーダ。
ガーデン内紛争のときだって、対ガルバディアガーデン戦だって、一緒に立ち向かった。
敵か敵じゃないを分けるのは、善悪の判断ではない。
『一緒に戦っているか、そうじゃないか』だ。
これが先の大戦を通して、リノアがスコール達から学んだことだった。
彼達だってそう思ってるはずだ。
それなのに.......
(そんなの絶対おかしい!)
リノアは、歯を食いしばり唇を噛んだ。
知らずに一筋の涙が頬を伝う。
「ありがとう、リノア。僕たちのために泣いてくれて」
ニーダの声は優しかった。彼らが生きる傭兵の世界では、こんなふうに怒って、涙を流してくれる人はいなかった。リノアは怒っていた、そして涙を流していた。自分が連れ出されたことよりも、スコール達と自分たちが戦うことに。
スコールが彼女に惹かれる理由がわかった気がした。
* * *
どうしたら...........どうしたらいい?
スコールは自分を追って、絶対に探しにくる。
でも、そうなったとき..........
彼らは戦うことになる。仲間同士で。
リノアは、ニーダに言われるまで気がつかなかった涙を手の甲で拭った。
「あっ!リノア!」
そして部屋を飛び出した。
リノアはとにかく外に行こうとした。目についたドアを開け、走った。
どこの部屋も埃っぽく、薄暗い。使われなくなった機具や何が入っているかわからない木箱が積まれているだけだ。
リノアは奥のドアの隙間から光が漏れるのを見つけた。外へつながるドアかも知れない。
ドアノブに手をかけ、思い切り開けた。
「......っ!」
冷たい風が全身を包んだ。
走った先には自由はなく、柵のついたバルコニーがあるだけだった。
遥か下に、地面が見える。
ここから脱出するのは不可能だ。
(わたしは......わたしは、どこにも行けないの........?)
何もできないという無力さで、涙が再びこぼれ落ちた。俯いた頬から、木の床に水の粒が落ちた。
唇を痛くなるほど噛みしめる。
(どこにも..........)
リノアは顔を上げた。
どこにも行けない自分と、対照的に広がる青い空――――――――
そして、リノアは自分の意識が遠のくのを感じた。
* * *
やや遅れて、ニーダは彼女が飛び出して行ったドアを開けた。
「リノア!」
そして、目の前の光景に唖然とする。
リノアがベランダの手すりの上に立っていたのだ。
ここは、崖の上にそびえ立つ、地上10メートルの建物だ。地面は遥かその先。
ニーダが彼女の身体を掴もうとした、その時、
リノアの背中から白い翼が生えーーーー
彼女は飛び降りた。
「リノア!!」
ニーダはベランダから身を乗り出し、下を覗いた。
しかし、そこには彼女の姿はなかった。
谷底を流れる冷たい風がヒューっと音を立てるだけであった。